大波城 (おおなみじょう)
所在地 福島県福島市大波水戸内 2020.1.18
大波城 (おおなみじょう)
所在地 福島県福島市大波水戸内 2020.1.18
東側遠景・城跡 看板
西側の郭・城跡碑
西側の郭・主郭切岸
主郭・土壇
土壇・城阯碑
南東の段郭
大波城跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【感想】 福島市大波水戸内の比高約40mの山頂に築かれている。
児童公園として整備され、土壇に城址碑が建てられている。
東側下段に広い平坦地が畑となっており、南側などに帯郭、東側に階段状の郭が並んでいが、堀切は見られなかった。
【案内】 国道115号線の入口に大きな看板があり、北に登った道路が広く駐車できる[マップコード446 274 826*38]。
入口に城跡碑と説明板が建てられており、そこから砂利道が設けられ、城跡は児童公園となっている。
【歴史】 南北朝時代朝廷方の北畠顕家に従った大波氏代々の居城であり、大波俱成民部丞の名がある。
北畠顕家が戦死後、弟顕信陸奥介が鎮守府将軍となり、後醍醐天皇の孫守永親王を奉じて軍政を執ったが、正平七年(1353年)3月多賀国府が足利軍に包囲攻撃され、同月十五日に陥落した。
十七日に足利軍に追撃され、守永親王や顕信らは刈田郡白石の三沢城を経て大波城に逃れた。