大迫城 (おおはさまじょう)
最寄地 岩手県花巻市大迫町内川目第48地割29 2017.4.23
大迫城 (おおはさまじょう)
最寄地 岩手県花巻市大迫町内川目第48地割29 2017.4.23
説明案内板
登城ルート
登り口の踏み跡
馬場
二の丸・稲荷神社
1段目の段郭
2段目の段郭
3段目の段郭
本丸・櫓台
大迫城 本丸跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高100m】
【感想】 登り口が判らず、当初東側の砂防ダムから急斜面を直登して本丸に着いた。本丸は草茫々で枯れていたが、夏場はとても見られたものではない。
西側に段郭があり細長い二の丸があり、北に向きを変え下ってゆくと馬場を経て草地に出たという訳だ。
【案内】 県道43号線より東に200mほど行った桂林寺(表記番地)駐車場に説明板が建てられている[マップコード378 801 327*11] 。
桂林寺入口より南東に行き舗装道が終る夫君より右に行き、牧場のような草地より踏み跡がある(地図)。登ってゆくと3合目付近に馬場、的場の郭がある。
更に登ると、稲荷神社の建つ二の丸がある。鳥居は倒れていた。
5段の段郭があり南に広い本丸がある。標高288m比高約100mの尾根先端の頂上にある本丸には櫓台が残っている。
【歴史】 戦国時代、大迫地方を支配した稗貫氏の家臣大迫氏の居城であった。
天正十八年(1590年)主家の稗貫氏は小田原征伐に加わらず、豊臣秀吉によって領地を没収され、最後の城主大迫右近も没落した。