上条城 (じょうじょうじょう)
最寄地 茨城県稲敷郡阿見町上条527 2014.1.26
上条城 (じょうじょうじょう)
最寄地 茨城県稲敷郡阿見町上条527 2014.1.26
稲荷大明神
説明板
空堀
土塁
社
【遺構★★☆☆☆】
【案内・感想】 「万蔵院」の北東、表記番地の東の細い町道に面して説明板が建てられている[マップコード65 614 872*42](地図)。
横に稲荷大明神が祀られ、その一帯が城跡曲輪で、土塁や西に空堀が残る。町道の西に防火水槽がある。
南東に行くと新しい木造の祠が建立されている(地図)。宅地となり、全体として破壊が進んでいる。
【歴史】 南北朝末、関東管領山内上杉氏が信太庄を支配し、「信太庄山内衆」のうち大越氏が入城した。
山内上杉氏が衰えた戦国時代には土岐氏に属した。天文年間(1532~54年)に落城し、小田氏の家臣である江戸崎監物が在城した。
江戸崎監物は天正2年(1574年)小田氏から敵の佐竹氏側に寝返り、翌年、木原城攻めで城主近藤氏を滅ぼしたが、逆に江戸崎城主・土岐氏の将の諸岡逸羽に上条城を攻められ落城し、自刃した。