木内館 (きうちやかた) (木内屋敷)
最寄地 群馬県沼田市中発知町996 2019.2.24
木内館 (きうちやかた) (木内屋敷)
最寄地 群馬県沼田市中発知町996 2019.2.24
北側土塁
民家北東の祠
南側土塁の一部
木内館跡(地図)
【遺構★★☆☆☆ 】
【感想】 木内館一帯は、民家敷地やリンゴ畑となっており、遺構は少ないが低い土塁が竹藪の北側と民家の東、南側に一部残っている。
【案内】 県道266号線の西に位置する民家(表記番地)の一帯が館跡である(地図)[マップコード183 743 542*47]。
北西に石塔・呑龍大権現・祠が祀られ、東側に行くと竹藪が見えてくる。竹藪の北側、南の民家東側、南側に低い土塁が残っている。
【歴史】 天正年間(1573~92年)、木内八右衛門により築かれたとされる。
「御館の乱」の翌天正八年(1580年)閏三月、木内八右衛門は宮野城の守将尻高左馬助と共に、三国峠を越えて越後荒砥城を襲い、城将樋口を討ち取り、北条氏政から感状を受けている。
翌、天正九年十一月、反逆の疑いで真田昌幸の追捕をうけた沼田城代海野輝幸と大雲寺付近の坂上で渡り合い、八右衛門は輝幸に討たれた『日本城郭大系』。