遠野城 (とおのじょう) (遠野館・馬籠塁)
所在地 宮城県気仙沼市本吉町馬籠町頭 2019.10.16 11.9
遠野城 (とおのじょう) (遠野館・馬籠塁)
所在地 宮城県気仙沼市本吉町馬籠町頭 2019.10.16 11.9
登城ルート
説明板・遠景・田の奥の川に行く
説明板
渡河し尾根を登る
20m先の堀切
北側空堀・土橋
主郭北側
主郭南の弧状空堀
2郭南の空堀
3郭南の弧状空堀
遠野城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高30m】
【感想】 西郡街道(国道346号線)を望む南から伸びた標高123mの半島状地形に築かれている。
主郭北に土橋と空堀があり、左側は竪堀となっている。
主郭は南北に細長く南側が低くなっており、南側に弧状空堀があり、その南に2郭がある。さらに南に行くと、空堀があり3郭がある。3郭の南に弧状の空堀がよく残っている。
最初訪れた時位置も分からず(説明板の略図は位置がずれている)、北側の馬籠川の橋を探したが見当たらず、また台風19号の豪雨で増水して渡河出来ず、断念した。
半月後、地理院地図を確認し長靴を用意し再度挑戦した。馬籠川が大きくカーブする所に沢があり、その右側に突き出た尾根先端部が見える。川床は礫岩でぬかるみもなく、最大水深10cm程度で、長靴で簡単に渡れる。
【案内】 国道346号線より県道233号線に入るとすぐ説明板が建てられている[マップコード399 368 421*38](地図)。
長靴を履き、くねくねと畦を通って馬籠川のカーブ地点に向かう(川床転倒防止のため杖もあったほうが良い)。北東尾根の先端から取り付き、尾根を20m程登ると、堀切がある。そこから南西に登ってゆくと、城塁に達する。
【歴史】 遠野館は、鎌倉時代からの地頭である馬籠千葉氏の居館と云われている。
周防守行胤は建武三年(1336年)、奥州探題葛西高清に襲われ、気仙沼赤岩城の熊谷氏と共に戦ったが、馬籠千葉氏一族はほとんど討死した。その後子孫は葛西氏の家臣となり馬籠氏と改姓した。
馬籠氏は、永正十二年(1515年)及び天正二年(1574年)の志津川本吉氏の乱や天正十四年(1586年)の歌津合戦に参戦した。
馬籠氏は、天正十八年(1590年)豊臣秀吉の奥州仕置による葛西氏滅亡と運命を共にした。