山田城 (やまだじょう)
最寄地 茨城県行方市山田1271 2018.9.23
山田城 (やまだじょう)
最寄地 茨城県行方市山田1271 2018.9.23
登城ルート(緑線は車道)
三峰社参道
南東の郭・櫓台
主郭
内堀(折れ部分)
北の郭・外堀
北郭北の外堀
山田城 主郭跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高20m】
【感想】 北浦西岸の丘陵に築かれ、空堀がよく残っている。神社周辺は草が刈られているが、主郭は草地となり、特に空堀方面は放置されて鬱蒼としている。
遺構はよく残っているので、標識や通路が欲しい所だ。
【案内】 県道183号線「山田」交差点より東へ約300m行き、左折した八坂神社前に駐車できる[マップコード162 558 408*18]。
東側に約80m行くと、鳥居はないが住宅の間に三峰神社参道がある(地図)。
櫓台に羽黒神社が祀られ、南の3郭に三峰社が祀られている。西側に主郭がある。
櫓台東の参道右の藪より杉林に入り、北に行くと土塁があり、空堀が東西に伸びて残っている。その北に東西の細長い郭があり、北側に空堀が一部2重になって残っている。
【歴史】 山田城は、山田郷の土豪山田氏の居城と云われる。城主として、山田太郎左衛門の名が伝わっている。
天正十九年(1591年)、佐竹義宣による「南方三十三館の仕置」によって鹿行の諸将が太田城で謀殺されるが、山田氏も開城したといわれる。