国府台城 (こうのだいじょう) (市の史跡)
所在地 千葉県いすみ市国府台854 2016.12.8
国府台城 (こうのだいじょう) (市の史跡)
所在地 千葉県いすみ市国府台854 2016.12.8
説明板
五柱神社参道
空堀
五柱神社
五柱神社南側
西側腰郭
国府台城 主郭跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 夷隅川を天然の堀として利用し、その右岸(東)の比高20m弱の台地に築かれている。東側は急な崖となり、切岸の跡と思われる。
読み方は「こうのだい」という(いすみ市生涯学習課)。市川市にある城跡と同名である。
【案内】 国道465号線「国府台三叉路」交差点より、南に100m行くと表記番地手前右に五柱神社登り口がある[マップコード130 113 476*53]。登った所の右手に空堀跡が残っている。
五柱神社境内とその南側が城跡で、西側に腰郭があり、崖は夷隅川に落ちている。
平成八年(1996年)12月20日、いすみ市の史跡に指定された(当時は夷隅町)。
【歴史】 万木五支城の1つで、三階(みはし)氏の居城であったと云われている。
伊甚(いじみ)の国造(くにのみやつこ)の子孫が野に下って、三階氏を称し国府台に居を構えた。
三階義政は、土岐為頼の娘弘子を娶り万木城主に仕えた。その後、長男義堅が義政の後を継いで国府台城主となった。
天正十八年(1590年)万木城落城と共に義堅は、国府台城に火を放ち家人と共に中滝郷古屋の別邸に落ち延びた。