国神城 (くにがみじょう) (町の史跡)
所在地 福島県西白河郡矢吹町国神 2020.5.25
国神城 (くにがみじょう) (町の史跡)
所在地 福島県西白河郡矢吹町国神 2020.5.25
説明板
南側
説明板・土塁西側
上部
国神城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 阿武隈川の支流泉川右岸の台地にあり、東西約300m南北約400mの規模であったという。圃場整備で大半は消滅したが、本丸の土塁が保存されている。
【案内】 「矢吹町立中畑小学校」(矢吹町中畑329)より東に行き、左折し次の農道を右に行った所に駐車できる[マップコード61 013 104*15]。
農道を東に行き右に曲がると、説明板が建てられ、本丸土塁が保存されている。
昭和四十八年に圃場整備事業に先立ち発掘調査が行われ、昭和四十八年(1973年)4月1日、矢吹町の史跡に指定された。
【歴史】 前九年の役(1062年)の戦功により、河内の石川頼遠・有光が仙道(福島県中通り)の地の一部を拝領して、翌、康平六年(1063年)に石川庄に藤田城(石川町中野)を築きその後、三芦城に移った。
興国年間(1340~45年)15代石川詮持の弟・光定の子石川九郎光幹が国神城に入り、中畠(中畑)氏を称したと云われる。
その後、中畠晴辰は、国神城から観音山館(矢吹町根宿)に居を移した。