下田島城 (しもたじまじょう) (岩松城)
所在地 群馬県太田市下田島町1243−1 2024.10.11
県立太田フレックス高等学校(奥の建物の左に土塁)
櫓台・土塁
空堀・櫓台
下田島城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 Ⅼ字形の土塁が保存され、土塁の南に空堀の残欠が見られる。土塁の交差部分は高く櫓台と思われる。
【案内】 県立太田フレックス高校(表記番地)に向かう[マップコード34 338 402*06]。グランド西の建物裏にⅬ字形の土塁がある。
【歴史】 岩松氏は新田義貞の流れを汲む家系であったが、徳川家康の関東入部の際、岩松守純は不手際がありわずか20石を与えられただけであった。
寛文三年(1663年)岩松守純の孫・秀純は、100石を加増され旗本として尾島の岩松陣屋から、戦国時代由良氏が構えた当城跡に移り住んだ。
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