真名子城 (まなごじょう) (赤壁城)
所在地 栃木県栃木市西方町真名子 2018.1.7
真名子城 (まなごじょう) (赤壁城)
所在地 栃木県栃木市西方町真名子 2018.1.7
登城ルート(青は石切場)
登り口・城郭図
最初の堀切
2番目の堀切
半円形の横堀
主郭
南西下段の郭
南西の二重堀切
真名子城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高90m】
【感想】 西方城の西の標高193mの赤瓶山に帯郭を伴った主郭が築かれている。南の尾根に半円形の横堀、2ヶ所の堀切が残っている。南西の尾根を下ると、2段の郭があり南西端の二重堀切は見応えがある。
【案内】 県道37号線より東に300m余行った墓地への登り口がある[マップコード722 160 792*54](地図)。
城郭図が建てられ、その右の防獣フエンスを入りすぐ先の墓地背後への防獣フエンスを入る。墓地背後を通って、笹の多い道を登ってゆく。「赤壁城→」の標識が所々にある。
100mほど登ると堀切があり、更に100mほど先に堀切がある。南の山頂を過ぎ、再び登ると、半円形の横堀とそれに続く竪堀が残っている。主郭は約15m四方の広さで、帯郭を伴っており、城郭図が建てられ祠が祀られている。
「石切り場・二重堀切」への降り口は解りづらいが、虎口階段のすぐ左の標識先より南西に下りる。段々になった急な斜面を下ると広い郭が2ヶ所あり、下段の郭より右(北)に下りると石切り場に着く(標識あり)。戻って南西に下ると、二重堀切がある。
【歴史】 築城年代は定かではないが皆川氏に備えるため、永正年間(1504~21年)下野宇都宮氏18代当主宇都宮忠綱の庶子・宇都宮元綱によって築かれ、家臣の岡本秀卓を城代としたと云われる。
天正年間(1573~92年)真名子城の岡本氏は皆川氏に敗北し、真名子城は皆川氏に奪取されたという。