鶴ヶ城 (つるがじょう) (亀ヶ城)
最寄地 千葉県いすみ市岬町中原4317 2018.9.24
鶴ヶ城 (つるがじょう) (亀ヶ城)
最寄地 千葉県いすみ市岬町中原4317 2018.9.24
登城ルート(緑線は車道)
民家右を直進
左の台地へ登り北へ
主郭
主郭北西端の切岸
主郭北西の空堀
鶴ヶ城 主郭跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 万木城の東北東約7kmに位置し、当時は沼沢であったと思われる東西の池に挟まれた細長い台地上に築かれている。
南北約600mにわたって、10ほどの曲輪があったと思われるが、民家敷地や藪となりはっきりしない。
【案内】 国道128号線「太東漁港入口」交差点より西に行き、中原堰と椎木堰に挟まれた表記番地に向かう。
南側入り口の道路の右藪の中に堀跡があり細い道を北に行くと、写真の分岐の少し手前に駐車スペースがある[マップコード287 856 749*84]。
中央の道を200mほど歩くと、左側に2軒の民家があり、直進して下りに差し掛かる付近から左の台地に登ると、藪化した主郭がある。
北東の切岸から下をのぞくと、左側に土塁、堀切があり、右側(北)に土塁付空堀がある。
【歴史】 築城時期は定かでないが、土岐氏の万木城の支城として築かれた。北方約6kmにある一宮正木氏の一宮城に対する境目の城として使用され、鶴見弾正や佐々木駿河らが守っていたとされる。
一説には、万木城築城以前の土岐氏の居城であったとも推測されている。
天正十八年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐で、徳川四天王の一人本多忠勝が房総の諸城を攻略した際、鶴ヶ城も開城降伏したと云われる。