左沢小漆川城 (あてらざわこうるしがわじょう) (左沢城・小漆川城)
最寄地 山形県西村山郡大江町左沢720 2015.6.13
左沢小漆川城 (あてらざわこうるしがわじょう) (左沢城・小漆川城)
最寄地 山形県西村山郡大江町左沢720 2015.6.13
説明案内板
台地南東側・漆川
県道9号線横・説明板
神明社
本丸・防火用水・説明板
巨海院山門
左沢小漆川城 本丸跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【案内・感想】 最上川の支流漆川、小漆川に北東南の三方を囲まれた台地にある。
神明社(表記番地)参道入り口西50mの防火用水(地図)と南40mの県道9号線横[マップコード407 774 149*53](地図)に説明縄張り図が2ヶ所建てられている。
西は十三区公民館西100mから東は神明社付近までの東西370m、南北180mの漆川と小漆川に囲まれた方形台地に、西側を百間堀で区画していた。三の丸に囲まれ、本丸、二の丸が東西に並んでいた。
【歴史】 元和八年(1622年)山形の最上氏が改易になると、鶴岡藩主酒井忠勝の弟酒井直次(1597~1631年)が1万2千石で入り、寛永八年(1631年)にかけて築城した。
北東隅に鬼門守護と領内鎮護の目的で神明社が祀られた。また城と共に城下町を造り商工業の発展を図った。
しかし、寛永八年(1631年)直次が嗣子無く死去したため、左沢藩は廃止された。
左沢小漆川城は慶安元年(1648年)に取り壊され、大手門は巨海院(こかいん・大江町本郷己7)山門に移築された。