横田城 (よこたじょう)
最寄地 岩手県遠野市松崎町光興寺3地割116 2013.8.11 2016.6.5
横田城 (よこたじょう)
最寄地 岩手県遠野市松崎町光興寺3地割116 2013.8.11 2016.6.5
登城ルート
登り口
竪空堀
2郭の横田城跡碑・虎口(薬師堂)
主郭の山桜・彼岸桜
主郭背後の空堀
清心尼公の墓
阿曽沼公歴代之墓
横田城 主郭跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高40m】
【案内・感想】 国道283号線の猿ヶ石川に架かる橋の手前を左折、約250m行くと「清心尼公の墓」(八戸南部氏21代当主)がある(地図)。
約650m北に行くと阿曽沼公歴代の墓がある(地図)。さらに約650m進むと「←横田城跡」の道標がある。その反対側に1台駐車できる[マップコード810 033 633*77]。
そこから50m先を徒歩で小川沿いに北西へ行き、右に山道を登ると、竪堀があり、その先の杉林の低地に曲輪がある。
段々になった坂を登ると、薬師堂の建つ主郭跡がある。樹齢300年以上とされる山桜、彼岸桜があり、二段になった広い主郭がある。
杉林の中を60mほど歩いた主郭の北西に土塁が僅かに認められ、その先に深い空堀が残っており、土橋がある。
【歴史】 文治五年(1189年)あるいは建保年間(1213~19年)上野阿曽沼城主・阿曽沼広綱の次男親綱が護摩堂山に創建した。
猿ヶ石川の洪水のため、天正年間(1573~92年)鍋倉山に新たに鍋倉城を築いて移り、放置されるまで数百年間、遠野の政治の中心であった。