下田館 (しもだたて)
所在地 青森県上北郡おいらせ町舘越39 2016.6.6
下田館 (しもだたて)
所在地 青森県上北郡おいらせ町舘越39 2016.6.6
舘稲荷大明神
下田小学校・説明案内板
下田小学校
グランド西側
【遺構★★☆☆☆】
【案内・感想】 県道213号遷移面した下田小学校のグランド北に「舘稲荷大明神」があり、拝殿左手の藤棚の前に説明板が建てられている[マップコード84 345 371*45](地図)。グランド西側を堀の役目をしたと思われる小川が流れている。
現在の下田小学校周辺は、おいらせ町西部一帯を治めた「下田将監家」の居館「下田館」があったと伝えられている。現在でも濠を巡らした跡が残っている。
【歴史】 『下田町誌』によると、南部氏22代政康の三男南遠江守長義は五戸町の浅水城主となった。
その三男南河内守直政が、南部氏26代信直より六戸通り下田2100石を賜り、その嫡男治太夫直勝は慶長年間(1596~1614年)頃、館を築き下田氏を称した。父直政の死をうけて家督を継いだ。
寛永元年(1624年)弟下田将監直徳を下田館に置いて、やがて300石を分知することを願い出て南部氏27代利直の許可を得た。
これが下田将監家の始まりで、寛永十年(1633年)盛岡城完成に伴い南部氏に従って直徳は盛岡に移り、下田館は廃館となったと云われる。