勝山城 (かつやまじょう)
最寄地 千葉県安房郡鋸南町勝山409 2015.4.5
勝山城 (かつやまじょう)
最寄地 千葉県安房郡鋸南町勝山409 2015.4.5
登城ルート(赤が八幡山/緑が大黒山)
大黒山・説明板・祠
大黒山展望台
勝山漁港・八幡山
八幡山登り口
八幡山の主郭跡
八幡神社
勝山城 主郭跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高80m】
【案内・感想】 法福寺(表記番地)北の石段を登り、長谷寺の右より「大黒山展望台」遊歩道がある。頂上展望台前に「勝山城の由来」の説明板が建てられている(地図)。
また法福寺より海岸へ出て約300m漁港の南に行くと八幡山遊歩道入口がある[マップコード211 669 655*28](地図)。海岸の道路に駐車した。
登り口より約270m登ると主郭がある。石段を登ると八幡神社があり、その上段の比高約80m頂上にクランク状の溝のある遺構がある(後世のものと思われる)。
主郭の東尾根に堀切があり、二の郭は神社より南西に約200m行ったところで、堀切があるが、今回は見落とした。
4郭はその西約100mであり、3郭は主郭西の少し低い所である。標識は見当たらない。
北方の鋸南町竜島の海岸に源頼朝上陸地がある。
【歴史】 治承四年(1180年)源頼朝が石橋山の戦いに敗れ当地へ逃れてきた際、いち早く従臣した地頭安西氏が出城として築いた。
安西氏は大黒山と向き合った八幡山に主郭を構え、里見氏滅亡までこの地を領した。
慶長十九年(1614年)に里見氏が改易されると、元和元年(1616年)には内藤氏が入封し、佐倉氏の居城を経て寛文八年(1668年)酒井忠国が若狭小浜藩より分封された。
以来9代201年に亘る酒井勝山藩1万2千石(天和二年1万5千石を数えたが、翌三年弟忠成に3千石分知した)の居城として、明治維新を迎えた。