梶原景時館 (かじわらかげときやかた) (一宮館)
所在地 神奈川県高座郡寒川町一之宮8丁目6−31 2022.8.19
梶原景時館 (かじわらかげときやかた) (一宮館)
所在地 神奈川県高座郡寒川町一之宮8丁目6−31 2022.8.19
西町集会所・薬師堂・案内板
館跡の碑・橋
天満宮北の内堀跡
梶原氏一族郎党の墓
梶原氏一族郎党の墓
梶原景時館跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 相模川左岸の低地にあり、館は広大で県道を挟んで北側に広がり120m四方ほどの規模と考えられる。
民家が立ち並び遺構は少ないが、墓石の背後から天満宮北を通る屈曲した水路は内堀跡といわれる。
【案内】 県道44号線に面して「西町集会所・薬師堂」(表記番地)があり、そこに案内板が建てられ駐車もできる[マップコード15 406 277*74]。
西約60mに天満宮鳥居があり、参道に説明板と「梶原景時館跡」の石碑が建てられている。
戻って東約40mに梶原氏一族郎党墓の入口があり、民家の南に回ると墓石が祀られている(地図)。
【歴史】 正治元年(1200年)鎌倉幕府の御家人であった梶原景時が失脚したときに、鎌倉よりこの館に引き揚げた。
翌年正月、朝廷や西国武士団の支援を軸に再起を図ろうと、一宮館をあとに京都へ向け出立した。その途中、駿河国狐ヶ崎(静岡市清水区)で在地の武士吉川小次郎らに迎え討たれたと伝えられている。