粟原城 (あわばらじょう) (鷲宮城)
所在地 埼玉県久喜市鷲宮1511 2015.2.4 2026.6.10
粟原城 (あわばらじょう) (鷲宮城)
所在地 埼玉県久喜市鷲宮1511 2015.2.4 2026.6.10
東側の青毛堀川
南東の用水路
主郭への入口(右側)
主郭に建つ神社
主郭西側
鷲宮堀内遺跡碑
鷲宮神社拝殿
土塁
堀跡
粟原城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【案内】 「鷲宮神社」と東武伊勢崎線を挟んだ西側の微高地にあり、南側表記番地の横に神社への入口がある[マップコード45 333 409*02]。神社の建つ一帯が主郭跡で、西側の民家付近が二郭とされている。
鷲宮神社には「鷲宮堀内遺跡」の石碑が建てられており、縄文時代から古墳時代の痕跡が発見されている[マップコード45 334 575*71]。
鷲宮神社北西側の「神明神社」付近の外周道路に面して堀があり、土塁のように見える盛土がある(地図)。
【感想】 城跡は青毛堀川の西側の微高地が主郭跡で、畑地となっている。遺構は少なく周囲に民家が建ち並び、外周に堀跡と見られる用水路が流れている。
【歴史】 鷲宮神社の神主細谷氏が鎌倉時代(建久年間)に創建した。その後、神主大内氏は古河公方足利義氏を介して北条氏康に与していた。
永禄四年(1561年)八月上杉謙信は小田原城を攻めた後、木戸宮内少輔を先陣にして鷲宮城を焼き討ちにした。