大衡城 (おおひらじょう) (越路館・塩浪館)
所在地 宮城県黒川郡大衡村大衡塩浪4 2020.1.2
大衡城 (おおひらじょう) (越路館・塩浪館)
所在地 宮城県黒川郡大衡村大衡塩浪4 2020.1.2
駐車場から見た段郭・本丸跡
登り口・説明板
説明板
空堀
主郭切岸
大衡城青少年交流館
大衡城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高25m】
【感想】 大衡村塩浪の善川左岸の標高50.6mの丘陵先端に築かれている。
本丸には青少年交流館が建てられ、改変されているようだが、北西駐車場に土塁が残り、南東斜面に段郭や空堀が残っている。
二の丸は東側の住宅団地となっているようだ。
【案内】 本丸に「大衡城青少年交流館」(表記番地)が建てられ、南東麓に駐車場が用意され説明板が建てられている [マップコード110 721 846*43](地図)。
開館時間(9~16.30)中は交流館前の駐車場が利用できる。
【歴史】 天文十三年(1544年)下草城主・黒川下総守景氏の次男・治部大輔宗氏が大衡城を築き、大衡氏を名乗った。
天正十八年(1590年)子氏胤の時、豊臣秀吉の奥州仕置で所領を没収され、伊達政宗の所領になり、のちに廃城になった。
昭和四十三年(1968年)10月 本丸跡が城址公園として、整備された。