泉ヶ城 (いずみがじょう) (青木城)
所在地 埼玉県飯能市青木121 2025.2.11
泉ヶ城 (いずみがじょう) (青木城)
所在地 埼玉県飯能市青木121 2025.2.11
長屋門
主郭平坦地
北西の土塁
土塁続き
北側の南小畔川
南側の薬師堂
泉ヶ城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 南小畔川を天然の堀として利用した南の平坦地にあり、長屋門のある民家の北西側に長さ約50mの低い土塁を見ることが出来る。
【案内】 県道30号線より西に約500m行くと、薬師堂の隣に「青木第一自治会館」(飯能市青木124−4)があり、若干の駐車スペースがある。
約50m西を北に行くと表記番地の長屋門一帯が城跡である。
【歴史】 『新編武蔵風土記稿』に、「青木式部大輔實近、当国において七荘を賜り、泉ヶ城に居住・・・」と記され、青木氏の居城と云われる。青木氏は北方約400mにある加治屋敷の加治氏と同じく武蔵七党の一つ丹党の流れを汲む一族と考えられる。
鎌倉時代、青木氏は鎌倉幕府に仕え、『吾妻鏡』には、建久元年(1190年)青木丹五実直が頼朝の上洛に従い、東大寺供養に供奉していることが記されている。
また『太平記』には、元弘三年(1333年)、新田義貞に従って鎌倉北条氏攻めに参陣した武士として青木五郎左衛門の名が見える。