風見城 (かざみじょう)
所在地 栃木県塩谷郡塩谷町風見 2018.9.8
風見城 (かざみじょう)
所在地 栃木県塩谷郡塩谷町風見 2018.9.8
登城ルート(緑線は車道)
東護神社
社殿・土塁
主郭と思える山頂平坦地
発電所水路
発電所西中央の平坦地
風見城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆ 比高60m】
【感想】 塩谷町風見の東護神社の西側の山頂にあったというが、藪化しており明確な遺構もなく拍子抜けの感は否めない。さらに西の山に行ってみたが、南北に平坦地が見られる程度であった。
【案内】 県道62号線より北に行った町道から東護神社参道があり、入口角に駐車できる[マップコード132 838 807*12]。
農道の先に獣除けフエンス扉があり、石段を登ると平坦地があり、西に登ってゆく。
比高50mの山頂に東護神社が祀られ、社殿背後に土塁が見られる。一旦下って登った西200mの山頂に平坦地が見られる。
さらに西にピークを挟んで約400m行くと、発電所水路が見え、その先の山頂と南、北に3つの平坦地がある。空堀などは見られない。
【歴史】 14世紀前期の頃、下野国塩谷郡船生領主・君島胤時の子胤重が、風見の地を領して風見氏を名乗り、居城として風見城を築いたといわれる。
但し、塩谷町史 第二巻 中近世史料編『城館跡』によれば、乾元元年(1302年)に風見左衛門次郎が風見城の城主であったとする記載がある。
他に城主として風見出雲守、風見新五郎、風見源左衛門、風見播磨守などの名がある。
その後、慶長二年(1597年)十月十三日(11月22日)風見氏の主君・宇都宮氏が改易され、間もなく、廃城になったものと考えられている。