青葉城 (あおばじょう) (浅川城)
所在地 福島県石川郡浅川町浅川城山 2014.4.17
青葉城 (あおばじょう) (浅川城)
所在地 福島県石川郡浅川町浅川城山 2014.4.17
登城ルート
説明板
城山公園
八幡宮
本丸・八幡宮
北側道路横の堀切
青葉城 主郭跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【案内・感想】 国道118号線の東の丘陵の南部に「城山公園」として桜の名所となっている。頂上は広場になっており二段に分かれている。北に八幡神社が祀られ、北斜面には猩々袴が群生し可憐な花を咲かせていた。
その北、尾根伝いの車道に面して堀切がある[マップコード225 621 097*13](地図。
この城山は小高い丘(標高407mで台地上の一大岩盤)となっていて傾斜が急であるため、複雑な縄張りや石垣のようなものは必要でなかった。また戦闘そのものも激しくなかったこともあり厳重な要塞らしいものはなかった。城山の南麓に宿坂という集落があり、道路脇に「青葉城跡」の石碑がある。
【歴史】 文治五年(1189年)甲斐源氏の出自である浅利(浅川)義成の孫知義は、奥州征伐に参加し大功をたて浅川の地頭となり、青葉城を築き1万9千石を領したと云われている。その後知義の子孫は代々この城に居したが、次第に石川氏が同族化を強めていった。
戦国末期に佐竹氏が南郷に進出してくると、対抗し活躍するようになった。しかしその使命は久慈川の川谷を抑える要所の赤館の脇役に過ぎなかった。
永禄十二年(1569年)より天正十七年(1589年)にかけて数度の合戦が行われた。