本庄城 (ほんじょうじょう)
所在地 埼玉県本庄市本庄3―5 2013.11.10
本庄城 (ほんじょうじょう)
所在地 埼玉県本庄市本庄3―5 2013.11.10
説明板
城跡碑・稲荷神社
稲荷神社
曲輪
元小山川
本庄城跡(地図)
【遺構★★☆☆☆】
【案内・感想】 本庄市役所の東に位置している。本丸跡には、現在稲荷神社が建っており、鳥居の横に「本庄城趾」の石碑が建てられている[マップコード20 263 672*18]。
参道の西側に曲輪がある。北側の元小山川が堀として利用され、東に九条堀で切断された要害であった。
【歴史】 弘治二年(1556年)本庄宮内少輔実忠により築城されたといわれている。
本庄氏は山内上杉氏に属したが、永禄十年(1567年)に後北条氏に攻められ落城し、後北条氏に臣従した。
天正十八年(1590年)実忠の子隼人正の時、豊臣秀吉の関東攻めで落城した。
同年八月、家康の関東入部により信濃国松尾城の城主小笠原信嶺が1万石で封されたが、慶長十七年(1612年)その嗣子信之の時、古河城へ移封され、本庄城は廃城となった。