榎下城 (えのしたじょう) (久保城)
所在地 神奈川県横浜市緑区三保町2038 2014.2.4
榎下城 (えのしたじょう) (久保城)
所在地 神奈川県横浜市緑区三保町2038 2014.2.4
旧城寺
主郭虎口
主郭跡
榎下城 主郭跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【案内・感想】 「旧城寺」(表記番地)の境内となっており[マップコード2 348 627*73] 、南に門や虎口の土塁が残され栢(かしわ)と銀杏の大木がある。本堂裏の墓地を含めて二の郭である。
北側に一段高く主郭があり、菜園や納骨堂があり紅梅が植えられている。空堀や土塁がそのまま残され、城域は比較的良く保存され、土塁上の寺林は県の天然記念物に指定されている。
【歴史】 上杉憲房流(宅間上杉家)の上杉憲清により永享年間に築かれたと伝わる。
永享十年(1438年)の永享の乱では、鎌倉公方・足利持氏方として憲清の子憲直が拠った。幕府方に攻められた憲直は榎下城から退いたが、関東管領・上杉憲実方に追われ金沢称名寺において、子の憲家と共に自害した。
北条氏時代には、小机城の出城として利用された。
城域に佐藤小左衛門氏が隠居所を建て、更に慶長八年(1603年)頃、舊(旧)城寺を開基し、現在に至っている。