安保氏館 (あぼしやかた ) (町の史跡)
最寄地 埼玉県児玉郡神川町元阿保176 2026.1.2
安保氏館 (あぼしやかた ) (町の史跡)
最寄地 埼玉県児玉郡神川町元阿保176 2026.1.2
愛宕神社
説明板
配置図
阿保氏遺跡碑
北側より
阿保神社
由緒
安保氏館跡(地図)
【遺構★☆☆☆☆】
【案内・感想】 川越児玉往還に面した表記番地向かい側に愛宕神社があり、そこに嘉永元年(1848年)建立の「阿保氏遺跡碑」と説明板がある[マップコード20 192 619*01]。
西側には安保氏により勧請されたという阿保神社があり、由緒書に安保氏のことが記されている。
館跡は川越児玉往還北の「(株)サンラインコーポレーション」一帯で300m四方の範囲と推定されている。見た目で遺構は見られないが、北側から見ると微高地となっている。
昭和38年(1963年)神川町の史跡に指定されている。
【歴史】 安保氏は武蔵七党の一つ丹党に属する北武蔵の豪族で、鎌倉時代の有力御家人・安保次郎実光を祖とする。
1333年(元弘3年/正慶2年)鎌倉北条氏の滅亡に伴い安保氏の本家も没落した。しかし、分家の安保光泰は足利尊氏に仕え、先陣をも務めた功績により建武三年(1336年) 惣領家の名跡を相続することに成功した。
文明年間(1469~87年)金鑚御嶽城は安保氏によって築かれたと云われる。
天文二十一年(1552年)山内上杉家に属していた安保泰広は、北条氏康に攻められ降伏し、北条氏に従った。
永禄十二年(1569年)武田氏により北条方の御嶽城は攻め落とされ、このころ安保氏は没落した。