稲付城 (いねつけじょう) (都の旧跡)
所在地 東京都北区赤羽西1-21―17 2026.2.1
稲付城 (いねつけじょう) (都の旧跡)
所在地 東京都北区赤羽西1-21―17 2026.2.1
東側石段と城跡碑
説明板
山門
静勝寺境内
道潅堂
静勝寺本堂
南西側の崖
稲付城跡(地図)
【遺構★☆☆☆☆】
【案内・感想】 埼京線赤羽駅西口から歩いて5分(約200m)の台地に静勝寺(じょうしょうじ) があり、境内を中心にした一帯が稲付城跡である。道潅堂には木像の道潅座像が安置されている。
武蔵野台地北東端部の標高21m程度の舌状台地先端に築かれた端城となっている。
昭和36年(1961年)1月31日、東京都の指定旧跡となっている。
【歴史】 太田道灌(1432~86年)により築かれたと云われる。
道潅の死後、孫の資高が居城し、後に後北条氏に仕えた。その子康資は後北条氏の家臣として岩淵郷五ヶ村を所領とした。
明暦元年(1655年)道潅の子孫太田資宗は静勝寺の堂宇を建立し、道潅とその父資清の法号に因んで寺号を自得山静勝寺と改めた。