梁川宗元屋敷 (やながわむねもとやしき)
最寄地 宮城県登米市東和町米谷吉田30 2020.1.3
梁川宗元屋敷 (やながわむねもとやしき)
最寄地 宮城県登米市東和町米谷吉田30 2020.1.3
標柱
門のある民家
東側高台の神社
梁川宗元屋敷跡(地図)
【遺構★☆☆☆☆】
【感想】 登米市東和町米谷吉田にあり、屋敷跡の場所ははっきりしないが、奥に格式のある門構の民家がある。
東側の高台に神社が祀られ、その先は砕石場の建物が建って居た。
【案内】 国道346号線に面して、「東和砕石」の入口付近に「梁川宗元の屋敷跡」の標柱が建てられている[マップコード199 262 307*68]。
標柱に由来文があるが、経年劣化でほとんど読めなかった。
【歴史】 梁川宗元は、慶長九年(1604年)寺池城主であった登米伊達家初代宗直の3男として生まれ、鱒渕村の領主で梁川氏を名乗った。
二股川の治水灌漑などに尽力し、寛永十七年(1640年)34才で没し、頼光寺(登米市東和町米川城ノ内5)に葬られた。