真田城 (さなだじょう)
最寄地 静岡県周智郡森町一宮3687 2021.9.17
真田城 (さなだじょう)
最寄地 静岡県周智郡森町一宮3687 2021.9.17
登城ルート
県道横入り口の城址碑・説明板
縄張り図
南側登り口
南側の竪堀
東の横堀
主郭・祠・土塁
東の堀切
真田城跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高60m】
【感想】 一宮川左岸の標高約112mの南へ伸びた尾根先端に築かれている。
主郭には祠を中心に周りを陶器の座像が取り巻いている珍しい光景がみられた。北側に土塁が見られ、北西側と北東側に深い堀切がよく残っている。
【案内】 県道280号線の表記番地北約250m右に説明板と石碑が建てられ、その前に駐車できる[マップコード169 603 001*51](地図)。
橋を渡ってすぐ右に折れ進んでゆくと、尾根先端に着く。尾根を北東に登って行き、左に登ると主郭に着く。
【歴史】 遠江国初代守護・安田義定の五奉行の一人武藤五郎頼高を祖とする武藤氏の居城と云われる。
戦国時代、武藤氏は今川氏に従っていたが、永禄三年(1560年)今川義元が桶狭間の戦いで戦死すると、国人衆の今川氏離反が続いた。
永禄十一年(1568年)武藤氏貞は遠州に侵攻した武田信玄に従い、真田城を築いたと云われる。
天正九年(1581年)高天神城の戦いで武藤氏定は戦死し、子の武藤孫左衛門は掛川亀ノ甲村で帰農した。