本栖城 (もとすじょう)
所在地 山梨県南都留郡富士河口湖町本栖 2015.8.23
本栖城 (もとすじょう)
所在地 山梨県南都留郡富士河口湖町本栖 2015.8.23
登城ルート
国道横入口
石塁
登り口・説明板
堀切・竪堀
2番目の堀切
主郭・説明板
狼煙台石垣
主郭北側の郭
背後の堀切
本栖城 主郭跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高120m】
【案内・感想】 本栖湖の湖岸東、国道139号線と国道300号線の「本栖」交差点より国道139号線を北に1.3㎞いったカーブ手前の左に「東海自然歩道」への降り口がある(地図)。100mほど北の左側に「旧中道往還」があり、車止めの前に1台分の駐車スペース[マップコード 312 508 239*3 ]がある。
登り口は樹木の奥にあり見落としやすいが、説明版と標識が建てられている。北に約300m歩くと虎口があり石塁(地図)が残っている。
戻って登り口より尾根伝いに登ると細長い平坦地があり、少し下ってゆくと「竪堀」、堀切があり、再び登ると曲輪がある。
その北の標高1056m比高約120mの城山頂上に主郭がある。主郭は細長く、虎口付近に主郭の碑、中央に説明版が建てられている。
主郭を一旦下って登ると狼煙台があり碑が建てられ、石垣が残っている。狼煙台の北にも堀切があり、烏帽子岳に連なっている。
【歴史】 築城年代は不明だが、戦国時代に甲斐武田氏が築いたと云われている。
『甲斐国志』によると、源吉春という人物の記述があり、天文・永禄年間の武田氏文書に「本栖在城」と見えることから、この城に詰めていた国境警備の武士と考えられる。天正十年(1582年)に渡辺囚獄佑がこの城にいたともある。
伝承では、狼煙台と云われているが、中世戦国時代の軍事上重要な中道往還が山裾を通っており、監視の役目を果たした砦であったことが地勢や周囲の遺構、土塁、石塁などから推定される。『富士河口湖町教育委員会説明版』より。