毛利山城 (もうりやまじょう) (牛ヶ鼻砦)
所在地 岐阜県美濃加茂市森山町3-5-66 2014.11.23
毛利山城 (もうりやまじょう) (牛ヶ鼻砦)
所在地 岐阜県美濃加茂市森山町3-5-66 2014.11.23
神社の参道・売店
城址標識・石垣礎石
こびの天狗山説明板 (後半に牛ヶ鼻砦の記述)
大天狗像
【遺構★★☆☆☆】
【案内・感想】 標高135m、比高40mの愛宕山にある。「こびの天狗山荒薙教」(表記番地)[マップコード70 441 855*20]の敷地であり、朱鳥居の横に天狗像、美濃加茂市の案内板が建てられている。
説明文後半に『神殿の位置する愛宕山(天狗山)は、その昔飛騨川北西にそそり立つ断崖絶壁の要塞であり、天正年間にはこの地に牛ヶ鼻砦が築かれ戦国時代の武将の砦であった・・』と記されている。
参道南の売店の東端に「毛利山城址」の標識と石垣の礎石「千石(戦国)石」二個が置かれている(地図)。
西側の小高い丘には、荒薙庭園、忠魂碑、大天狗像・礼拝所がある。砦の遺構は見当たらない。
【歴史】 天正十年(1582年)岐阜城主・織田信孝の家老で加治田城主・斉藤利堯が兼山城森長可の不穏な動きに対抗するため築いた。
織田信孝も兵を遣わしていた。利堯重臣の西村治郎兵衛を中心とした部隊(加治田衆)が城代、城番を行っていた。
加治田・兼山合戦の前哨戦として毛利山城にて加治田勢と森勢が戦った。森勢は二度攻めたが、毛利山城は落城しなかった。
その後、森長可(ながよし)の領地拡張の為、城を統合し加治田城と共に廃城となった。