五十嵐館 (いからしやかた) (県の史跡)
最寄地 新潟県三条市飯田1029‐1 2015.8.16
五十嵐館 (いからしやかた) (県の史跡)
最寄地 新潟県三条市飯田1029‐1 2015.8.16
標柱・堀・土塁
堀・石碑・橋
説明案内板
南側堀・土塁
小文治膝付き石
北側堀・土塁
五十嵐館跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【案内・感想】 三条市下田郷資料館(表記番地 )[マップコード318 545 265*17]の南東の水田の中に、95m×80mの方形の水堀に囲まれた館跡である。
南東側に木橋・虎口があり(四柱門があった)、石碑、説明板が建てられている。
土塁は高さ1.5m位で復元され、郭はゲートボール場として利用されている。
昭和四十八年(1973年)3月29日、新潟県の史跡に指定された。
詰城の五十嵐要害は五十嵐神社境内となっている。
【歴史】 五十嵐館は五十嵐保(いからしのほ)(下田(しただ)郷地域)の開発の祖と敬われた五十嵐小文治吉辰が築いたものと伝えられている。
五十嵐氏(一族は五十嵐党と呼ばれ、その惣領は代々小文治と称した)は鎌倉幕府の御家人として歴史に登場し、約400年間この地を支配した。
館跡はその規模や造作から軍事面よりも一族の支配や農民への領主権を誇示する意図がみられ、五十嵐氏の在地領主の様相が窺える。『三条市教育委員会説明板』より。