萩野城 (はぎのじょう) (市の史跡)
所在地 長野県長野市七二会/中条日下野 2021.4.2
萩野城 (はぎのじょう) (市の史跡)
所在地 長野県長野市七二会/中条日下野 2021.4.2
登城ルート(緑線は車道)
萩野城跡入口(車可)
駐車場・道標
東側大堀切・標識
脇郭
脇郭南東の堀切
大堀切・主郭切岸
主郭東の堀切
主郭・説明板
縄張り図
片堀切・2郭
萩野城 主郭跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高200m】
【感想】 陣場平山西の地蔵峠より南西に伸びた標高1176mの山頂に築かれている。
東西2つの峰にそれぞれ郭があり、その間に大堀切がよく残っている。
西峰がメインで2つの細長い平坦地が東西に伸び、中間に片堀切が残っており、東側に堀切、南側には犬走が見られる。
また樹木は少なく、眺望に恵まれ北西に遠く北アルプスが望める。
【案内】 県道86号線の地蔵峠西側よりも行けるが、冬季の通行止めとなっていた(12月~4月16日まで)[382 533 412*72](地図)。
春日山神社東の県道にある「岩草区案内図」(地図)に知足院からの登り口が記載されていたので、こちらから登ることにした。
知足院にある青い屋根の民家(長野市七二会(なにあい)丁丁4142)手前左に入り口があり[マップコード382 503 228*23](地図)、そこから狭いが舗装道を行くと終点に駐車場がある(地図)。
配水施設右からはっきりした道があり、北西に行きやや右に行くと、道標があり、ピンクのマーキングが付けられ迷わずに登れる(約1kmで地蔵峠からの950mとほぼ同じ)。4ヶ所折り返し登って行くと東峰と西峰間にある大堀切に出る。
大堀切西の西峰に東西に2つの郭があり、東に堀切、南側に犬走、中間に片堀切がある。東峰にも脇郭があり、南側に堀切が残っている。
平成五年(1993年)6月10日、長野市の史跡に指定された。
【歴史】 佐久の春日貞幸が鎌倉時代の「承久の乱」(1221年)の戦功により春日郷を与えられ、戸屋城を築き、その詰城として萩野城が築かれたという。
春日氏は戦国時代、村上氏に属していたが天文二十二年(1553年)村上義清が自落し、武田氏の信濃侵攻が始まると武田氏に下った。
天正十年(1582年)武田氏滅亡後、上杉景勝に属し、慶長三年(1598年)上杉景勝の会津移封により春日氏も米沢へ移った。