川口城 (かわぐちじょう)
最寄地 愛知県豊田市下川口町御堂294 2014.12.12
川口城 (かわぐちじょう)
最寄地 愛知県豊田市下川口町御堂294 2014.12.12
登城ルート
天神社
天神社右より登る
帯曲輪・竪堀
主郭・案内板
川口城 主郭跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高60m】
【感想】 矢作川を見下ろす「城ヶ峰」と呼ばれる比高約60mの頂上に主郭があり、東西約10m南北約30mの楕円形で、下段に鉢巻き状の巾約5mの帯曲輪があり、竪堀が二本確認できる。
【案内】 県道11号線に面した天神社(表記番地)の北東隅に登り口、標識がある[マップコード281 632 553*85]。
天神社は天正十年(1582年)水野将監政義が川口城に居城の際、勧請された『天神社由来文』。境内の公孫樹はその時植えられ、昭和六十年(1985年)3月、藤岡町天然記念物に指定されている。
【歴史】 川口源左衛門によって築城されたとされる。
その後、刈谷城主である水野氏一族が小原村に来て居城したといわれている。
天正三年(1575年)武田勝頼軍に襲われ廃城になった。城主水野丈兼正春次は難を逃れて尾張水野郷に移り、次席家老澤田次郎大夫貞次の子・新左衛門は討死した。
貞次は老齢のため幼い孫たちとこの地に住み着いたと伝えられている。