尾野山城 (おのやまじょう) (尾山城)
最寄地 長野県上田市生田尾野山416 2020.8.8
尾野山城 (おのやまじょう) (尾山城)
最寄地 長野県上田市生田尾野山416 2020.8.8
登城ルート(緑線は車道)
愛宕神社入口・駐車場
愛宕神社(鞘堂)
2郭南の堀切・土橋
2郭
西下1段
西下2段
西下横堀
主郭南の堀切・切岸
主郭・三峰社
主郭北1番目の堀切
主郭北2番目の堀切
尾野山城 主郭跡(地図)
【遺構★★★★☆ 比高70m(駐車場より)】
【感想】 上田城の南方約5kmに位置し、南東に伸びる標高736mの尾根に築かれている。
主郭には三峰社が祀られ、北背後に見事な2重堀切が残っている。南の2郭は細長く傾斜しており、両端に堀切が残っている。また、西側には2段の郭と横堀が見られる。
【案内】 県道186号線「尾野山」バス停から左折、住宅地の間の市道を南西に行くと、表記番地右に愛宕神社参道入口がある[マップコード85 663 841*68]。
そこから幅2mの道を脱輪に注意しながら登ってゆくと、愛宕神社南の駐車場に着く[マップコード85 663 574*40](地図)。
階段を登ってゆくと、尾野山配水池があり、鳥居を3か所抜けると、愛宕神社がある。
鞘堂裏から尾根を上ると、間もなく南端の堀切・土橋に着く。
左側の堀切を伝って降りると、2郭の下に2段の郭と浅い横堀がある。2郭の北に草の茂った堀切があり、その上に主郭がある。
主郭には三峰社が祀られ、説明板が建てられている。主郭の背後に深い2重堀切が見られる。
【歴史】 築城年代は不明であるが、戦国時代、海野氏の勢力下にあった尾山氏代々の居城であった。東に茂沢城、北東に孫台、北に三日城の支城を配置していた。
尾山氏は応永七年(1400年)大塔合戦には、村上方として出陣したと伝えられる。
天文十年(1541年)の海野平合戦には、武田、諏訪、村上の連合軍に攻められ落城した。
その後、尾山氏は武田氏に降り、さらに真田氏の配下となった。
天正十三年(1585年)第1次上田合戦では、真田昌幸が尾野山に布陣した古図が残っている。
慶長五年(1600年)第2次上田合戦が起き、2度の真田対徳川の合戦において、上田城の側面防備の重要な役割を果たしたといわれる。