妻女山陣跡 (さいじょさんじんあと)
所在地 長野県長野市松代町岩野2881 2015.9.5
妻女山陣跡 (さいじょさんじんあと)
所在地 長野県長野市松代町岩野2881 2015.9.5
槍尻の泉
妻女山展望台
松代招魂社
説明板
【遺構★★☆☆☆】
【案内・感想】 国道403号線より南東に、上信越自動車道を潜り登ると、「槍尻の泉」(地図)があり、車道が展望台先の松代招魂社(表記番地)駐車場まで通じている[マップコード177 800 898*67]。展望台の前に説明板が建てられている(地図)。
駐車場の先から「あんずの里ハイキングコース」があり、天城城、鞍骨城へ行くことができる。
【伝承】 永禄四年(1561年)妻女山に居た上杉謙信は勝利を祈願するため、麓の会津比亮(あいづひめ)神社や岩野村にあった聖観音菩薩へ赴いた。
その帰途謙信は、あまりに喉が渇いたので、馬から降り家来の直江山城守に、「槍をかせ!」と命じ「妻女におわすよろずの神よ、我に清き水を与え給え!」と地に伏し一心に祈り、そしておもむろに立ち上がって空高く槍を構え、「えい!やっ!」と地面に槍の石突き(槍の柄の先端)で強く突いたところ、そこから勢いよくきれいな水が湧きだした。『妻女山に伝わる民話』より。
【歴史】 永禄四年(1561年)九月十日の第4次川中島合戦の折り、越後の上杉謙信が陣を設けた。ここから川中島平は一望でき、海津城(松代城)の動静を伺い知ることが出来た。
同年九月九日、海津城から立ち上る煙を見た謙信は、武田方の戦いの準備を察し、その夜、山を下り千曲川や犀川を渡って八幡原の信玄の本陣を目指した。南西約1kmには「雨の宮の渡し」の跡が残っている。
なお展望台への道の途中に、謙信が槍の石突きで突いたところ水が湧き出たという伝説の「槍尻ノ泉」があり、竹筒より水が流れている。『長野市説明板』より。