鴨城 (かもじょう)
最寄地 富山県高岡市福岡町加茂843 2014.10.25
鴨城 (かもじょう)
最寄地 富山県高岡市福岡町加茂843 2014.10.25
説明板
登城ルート
入口の橋
袋谷の滝
鴨城の水源地
鞍部
西側の空堀
本丸・城跡碑・案内板
城跡碑
二の丸
にらみ山砦
鴨城 本丸跡(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高120m】
【案内・感想】 願栄寺(表記番地)北東100mより左折、北西に100m程登った所に駐車スペースがある[マップコード122 800 676*88](地図)(着脱式通行止めロープ有り)。
加茂集落の北にある元取山(標高約196m)の東250mの標高約155m比高約120mの山頂にある。
登るとすぐ「雲龍寺跡」の平坦地があり供養塔が建てられている。そこより険しくなり、袋谷の滝を見て、沢に付けられた段々を登ると、緩やかな径となり、「鴨城の水源地」があり更に行くと「運上寺の円墳」との尾根鞍部の分岐となり東に登ると、本丸下の空堀に着く。
本丸跡に「鴨城跡」の石碑や縄張り図、案内板が立てられている。本丸からは南に小矢部川の流れや高岡市福岡の家並み、能越自動車道、建設中の北陸新幹線などが望める。
東に一段下がって東西約140m、南北約50mの広い二の丸がある。更に二の丸の東80m付近に「にらみ山砦」と呼ばれる出丸がある。西側にある元取山との間には鴨城の物見台と思われる越中国元取山砦が在る。
平成十二年(2000年)11月27日、高岡市の史跡に指定された。
【歴史】 「二宮円阿軍忠状」によると貞治二年(1363年)五月、当時越中国守護であった斯波義将が配下の二宮円阿に「鴨城衆」を命じて桃井直常方の「頭高城」を攻めさせ、これを焼き払ったという。
恐らくこの頃に築城されたものと思われる。当時鴨城には室町幕府方の軍勢が一時駐屯していたことがうかがわれる。
「頭高城」については不明だが、鴨城から約4㎞、北東に在った越中国頭川城の事と思われる。
長禄年間(1457~60年)、加賀国半国守護だった赤松政則が「城ヶ平」に一時期居住したという。現在「城ヶ平」の地名は付近に在った赤丸城の辺りに残っているが、居住場所の位置は「五位庄高畑村ノ上」との記録が在り「高畑村」が現在の加茂集落辺りに比定される事から、当時の「城ヶ平」は鴨城の事ではないかとされている。
延徳三年(1491年)、「カモ山のフタツ城」との記録が在る。廃城年代は不明だが、戦国期以降に使用された形跡は認められていない。