政元城 (まさもとじょう) (国の史跡)
最寄地 岐阜県飛騨市神岡町西94 2014.11.7
政元城 (まさもとじょう) (国の史跡)
最寄地 岐阜県飛騨市神岡町西94 2014.11.7
登城ルート(赤は本丸/緑は狼煙台)
大国寺本堂
登り口・城跡標柱
腰郭・本丸
本丸・段郭の 四阿
説明板
本丸
本丸西空堀
頂上まで250mの標識
狼煙台
政元城 狼煙台(地図)
【遺構★★★☆☆ 比高130m】
【案内・感想】 国道41号線が大きくカーブしたところから南へ行った大国寺(表記番地)裏手に駐車場、登り口があり、城跡標柱が建てられている[マップコード191 765 696*23](地図)。
100m程登って行くと比高約25mの尾根平坦地に本丸跡(地図)があり、四阿、案内板がある。その西に空堀、2の曲輪がある。
一旦下って、350m程登って行くと、標高834m比高約130mの山頂に狼煙台があり、腰郭がある。
昭和五十五年(1980年)3月21日、江馬氏城館跡として国の史跡に指定された。
【歴史】 伝説によると平治年間(1159~60年)、悪源太義平が傘松城に拠ったとき、その家来の正本主馬がここに城砦を築いたのが始まりとされる。
その後永禄・元亀(1558~73年)の頃、江馬氏の家臣・吉村斉右衛門政元、吉右衛門政延父子が居城したと伝えられている。
天正十年(1582年)十六代続いた江馬氏の滅亡によりこの城も落ちたと伝えられている。狼煙台は本城(現在の神岡城)に、いち早く敵の侵入を知らせる役割を果たしたと思われる。