福平城 (ふくだいらじょう) (溝口城)
最寄地 長野県長野市戸隠栃原1896 2015.10.4
福平城 (ふくだいらじょう) (溝口城)
最寄地 長野県長野市戸隠栃原1896 2015.10.4
登城ルート(緑線は車道)
八幡神社・説明板
説明板
本丸跡
拝殿裏土塁
内空堀
外空堀
福平城 本丸跡(地図)
【遺構★★★☆☆】
【感想・案内】 長野市戸隠栃原にある表記番地の東、道路横に標識があり[マップコード382 683 300*45] 、右折し狭い道を登ってゆくと今木八幡神社境内に着く。
標高880mの今木八幡神社周辺が本丸とされ、西側は畑となっている。
神社裏に土塁が残り、境内西側に逆L字形の深い二重空堀が、よく残っている。
平成十七年(2005年)1月1日長野市の史跡に指定された。
【歴史】 享禄年間(1528~32年)に構築された平山城で、文禄年間までこの地を治めていた溝口伯耆守の居城と云われ、溝口城とも呼ばれる。
一説には治承年間(1180年ころ)、今井四郎兼平が築いたとの伝説も残る。南北400mにわたる丘陵を防御のために利用し、戸隠地区最大の城跡である。『長野市教育委員会説明板』より。