大留城 (おおどめじょう)
所在地 愛知県春日井市大留町6丁目20−8 2015.5.2
大留城 (おおどめじょう)
所在地 愛知県春日井市大留町6丁目20−8 2015.5.2
子安神明社
大留城趾碑・祠
子安神明社
北側堀跡
神明神社の親王塚古墳
【遺構★★☆☆☆】
【感想】 現在は子安神明社、畑、宅地になっており、開発により遺構はほとんど壊されたが、「大留城趾」の石碑が建てられている(地図)。
子安神明社の北側に二の丸の空堀が残っている。
【案内】 庄内川に面した子安神明社(表記番地)東の道路に路駐した[マップコード。500 003 588*16]。
南西約500mに似た名前の神明神社があり、混同しないように注意した方が良い。
なお神明神社には昭和44年に発掘調査された「親王塚古墳」があり、宗良親王あるいは護良親王の遺品を埋葬したと伝えられる(地図)。
【歴史】 天文十五年(1546年)に村瀬作右衛門が築城した。
天正十二年(1584年)小牧・長久手の戦いの際には、豊富秀吉側に与した。 池田恒興の率いる大軍は、大留城内で城主である村瀬作右衛門らと軍議を開いた。
翌日に長久手で徳川家康軍に敗れて、村瀬作左衛門も池田恒興、森長可(ながよし)らと共に討死し、大留城は廃城となった。