小長谷城 (こながやじょう) (小長井城・徳谷城)
所在地 静岡県榛原郡川根本町東藤川1220 2017.2.24
小長谷城 (こながやじょう) (小長井城・徳谷城)
所在地 静岡県榛原郡川根本町東藤川1220 2017.2.24
案内板
石段・城址碑
本丸・土塁
1号堀
附属曲輪
2号堀
4号堀
二の丸・土塁
三の丸・土塁
小長谷城跡(地図)
【遺構★★★★☆ 】
【感想】 静岡市から行く国道362号線はカーブの多い山道で、一部狭い所もあるので、島田市の国道1号線から入る国道473号線と国道362号線の利用を薦めたい。
国道1号線から42㎞の距離がある。大井川は、砂礫の川床で清流が目に心地よい。
城跡は平城で、僻地といっても過言でなく人手が入ってないためか深い空堀や土塁がよく残っている。
【案内】 大井川本線「千頭駅」より大井川を渡って徒歩Ⅰkmの位置にある。
大井川右岸の国道362号線より東に行くと「本川根B&G海洋センター」(表記番地)駐車場が利用できる[マップコード 438 647 814*73]。当敷地は、城跡の北部分で、堀など埋められ遺構は無い。
道路を挟んで南隣に徳谷神社があり、拝殿のあるところが本丸で西に一段づつ下がって二の丸、三の丸と並んでいる。各曲輪に土塁がよく残っている。
三の丸には井戸が残り、西端の石段横に「小長谷城址」の碑が建てられ、左手に5号堀がある。
南東に1~4号堀があり、その間に付属曲輪が2ヶ所あり土塁が残っている。
【歴史】 築城年代は明確ではないが、この地に居住した部将小長谷(井)氏の居城と伝えられている。
小長谷(井)氏は、今川氏が駿河国守護として一帯を支配していた頃、今川氏に属していた。
その後、永禄十一年(1568年)武田信玄の駿河侵攻により、武田方に降り武田氏の指揮下のもとに、城の改修が行われた。
天正十年(1582年)武田氏滅亡の頃と前後して、当時の城主小長谷長門守政房によって廃城になったと推測されている。