快感ストーム(08)

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 思わず足を止めた亜里沙を見て紅林コーチが恐怖の色を浮かべて口をつぐんだ。しかし、亜里沙に背を向けていた堂本氏は気づかず、

「須崎くんは年齢的にも限界だろう。三上にも以前からほかのペアを探すように言ってある。もっと若いプレイヤーをな」

 そこまで言って紅林コーチの視線に気づいたのか、堂本氏が振り返った。一緒にいた統和もつられて振り返る。二人とも亜里沙を見て目を見開いた。

「どういうことですか、堂本さん。わたしはまだやれます! 若い子には負けません」

 食ってかかる亜里沙に、堂本氏は渋い表情を見せた。

「きみはこれまでスポーツセックスの発展に十分に貢献してくれた。それについては感謝の念に堪えない。だが、昨年のワールドカップを制覇して以降、不調がつづいているじゃないか。三上とのペアもマンネリ化している」

 反論しようとした亜里沙を堂本氏が制して、

「きみのプレイが精彩を欠いているのは事実だ。スポーツセックスにごまかしは通じない。レセプターレゾナンスですべてを記録できるのだからな。これはきみの数々のセックスを体験した上での判断だ」

「わたしは日本のトップ女子プレイヤーですッ」

「これまではそうだった。だからこそオリンピック選手に選ばれた。選考委員会の公正な決定だ。わたしが覆すことはできん。だが、いまのままのきみなら、もう世界では通用しない。初のオリンピックで金メダルを取る。それがこの大会に賭けるわたしの夢だ。できなければ、引退してもらう」

 亜里沙は唇を噛んで堂本氏をにらんだ。でも言い返せない。

 スポーツセックスにごまかしは通じない――。そのとおりだ。セックスをしてどう感じたか、すべてがレセプターレゾナンスで記録される。プレイの結果が数字で評価される。そして、わたしは数字を出せていない。

 だが、それで納得できるはずもなかった。

「必ず金メダルを取ります」

 亜里沙は声を震わせてそれだけ言うと、踵を返してベルサイユ宮殿へと歩き出した。

 気持ちが悪くなるほどの悲しみと怒りが渦巻いていた。堂本氏に対してではない。たしかに腹立たしいものの、オーナーにはオーナーの事情があるのだし、単に堂本氏は冷徹だというだけのことでしかない。スランプを抜け出せずにいる自分自身に対してでもない。ずっと悩んでいるのだから、いまさらの話だ。

 統和が亜里沙を追いかけてきて横に並んだ。

「堂本さんの話は忘れろ。本戦に集中するんだ。俺たちなら金メダルを取れる。取って、堂本さんの鼻をあかしてやろう」

 亜里沙が立ち止まって統和をにらみつけた。

「前から堂本さんにペアの解消を打診されていたのね? あなたは何も言ってくれなかった。わたしに内緒でほかの女子プレイヤーを物色していた」

 亜里沙を怒らせていたのはこれだった。

「誤解だ。俺は亜里沙以外のパートナーなんて考えたこともない」

「ごまかす必要はない。わたしが統和の足を引っ張っているのは数字が示している。統和がわたしとのセックスで以前ほど気持ちよくなれていないことも、あなたのセックス記録を再生体験して知っているから、客観的事実として受け止めるしかない」

「ただのスランプだ。俺たちなら乗り越えられる」

「メイちゃんはいい子だよね。若くて美人で才能もある。あなたがメイちゃんを気に入るのも当然だ。統和とペアだったならあの子も予選を突破できていたはず。わたしじゃなくメイちゃんとだったら金メダルも夢じゃなかった」

「いまだって夢じゃない。俺たちで金メダルを取ろう」

 亜里沙は悲しみに満ちた目で統和を見つめた。

「わたしとのセックスに不満を感じているのはしかたがない。それは統和が悪いんじゃない。でも、ペアの解消なら、最初にわたしに相談してほしかった」

 その言葉に統和は何も言い返さなかった。亜里沙は統和を突き放し、一人でチーム控え室に戻った。

 胸の奥が苦しかった。

 ずっと自分を苦しめていたものの正体を悟ってしまった。

 嫉妬だと思っていたものはメイの才能に対してではなかった。

 焦りを感じているのはスランプだからではなかった。

(愛してしまっていたんだ……)

 失いたくない。奪われたくない。でも、手のひらからこぼれ落ちていくのをどうにもできない。せっかく気づいたというのに……。

(本当に大切なものは失ってはじめて気づくというけれど……)

 ペアを解消させられたら永遠に統和を失ってしまう。といって、こんな精神状態ではとても金メダルには手が届かない。表彰台すらきびしい。

 どうすればいい? 何ができる?

 まもなくオランダペアの体験が始まる。その次は統和と亜里沙の本戦だ。

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