操は矢萩の車の助手席に座り、声を立てずに泣き続けていた。
一人では帰れないので、しかたなく矢萩の車に乗った。矢萩が家まで送ってくれると言ったが、学校にカバンを置いたままなので、学校へ行ってもらうことにした。
運転中、矢萩は何も言わなかった。はじめのうち操は矢萩の様子を気にする余裕はなかったのだけれど、ずっと泣いていたせいで学校に着くころには落ち着いてきた。そうすると、矢萩が黙っているのが腹立たしく思えてきた。
「言い訳しないんですか?」
矢萩が車を停めると、操がしゃくりあげながらたずねた。
「俺は大友さんとラブホテルへ行った。ホテルで彼女と話をした。話をしただけだ」
「信じたいです」
それだけ言うと、操は車を降り、校舎の入り口へ向かった。
教室には誰もいなかった。日没が近いが、西日がさしこんでいるので、教室の中はまだ明るかった。遠くでかすかに吹奏楽部の練習する音が聞こえる。それがもの寂しさを煽った。
操は自分の席にがっくりと座り込んだ。うなだれて、おでこを両手でささえた。
矢萩が教室に入ってきて入り口の戸を閉めたが、操は顔を上げようとはしなかった。矢萩は操の前の席に腰を下ろした。
「昨日の朝、俺たちが図書室でしていたことを、大友さんに気づかれていたんだ」
と矢萩が話し始めた。
真琴に見られたことはもう知っているので、操は何も言わなかった。
「それで、どういうわけだか大友さんは、俺が操を襲ったのだと思ってしまったんだ。俺が関係を無理強いしているのだとね。友だちがそんな目に遭わされているのを知って、黙っているわけにはいかなかったんだろうな。あの子なりに悩んだ末のことなんだろうけど、自分を囮にして俺が変質者だという証拠をつかもうとしたんだ。ラブホテルに連れ込んで自分を襲わせて、その様子をビデオに撮ろうとしてたらしい。驚いたよ。大友さんはスタンガンまで持ってたからね。大友さんは操を助けようとしたんだ。まあ、勘違いだったわけだけど」
矢萩は控えめな笑いをもらした。操は黙ったままだった。
「一緒にホテルに入ったのは事実だ。だが、大友さんとは何もなかったし、何かするつもりもなかった」
矢萩の口調は真剣だった。
二人に何もなかったのだというのは本当だろう、と操は思った。ホテルに入ってから出てくるまでの時間が短すぎる。タクシーの中で何時間でも待つつもりだった操は、矢萩と真琴がほんの十数分で出てきたので、拍子抜けしたほどだ。
真琴のしたことは許せない。たとえ操を助けようとしたというのが本当だとしてもだ。それに真琴が矢萩のことを本当はどう思っているのかなんて、分かりはしない。
それ以上に操を苦しめていたのは、自分の中に矢萩に対する不信感が渦巻いていることだった。いずれ捨てられて別の子に乗り換えられる、という真琴の言葉が、操の心にわだかまっていた。
真琴のことも矢萩のことも信じられない。
「どうしたら信じてもらえるのかな」
操にも分からない。
矢萩のことが好きだ。誰よりも愛している。失いたくない。信じたい。
でも、どうすればいいのか分からない。
操が信じられるもの……。
「抱いてよ。いま、ここで」
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