午後の授業を適当に聞き流しながら、真琴は頬杖をついて、操の後ろ姿をながめていた。操は、ライトブラウンに染めた天然パーマのふわふわしたセミロングの髪を、ときおりかきあげていた。操の斜め後方に位置する真琴の席からは、操の愛らしい横顔が見える。その長いまつげが、不安と焦燥に揺れているように感じられた。
(さて、どうしたものかな)
真琴はためいきをついた。
矢萩とデートしたというのはウソだ。聡子の友人が目撃したという、矢萩とデートしていた女性は、真琴ではない。操に鎌をかけるつもりでとっさにでまかせを言ってしまった。それがよかったのかどうか……。
(操、あんた、矢萩先生とどういう関係なのよ?)
真琴は今朝の図書室でのことを振り返った。
最初に図書室に入ったとき、奥のほうに人の気配がしていた。そのときは気にしなかったのだが、二度目に図書室に向かったとき、矢萩が出てくるのを見たのだ。そのあとで図書室に入ると、操がいた。
(あのときの操は泣いているみたいだった。いや、確かに泣いていた。それに……)
ちょっと短すぎる操のミニスカートから覗く太ももに目をやる。黒のニーソックスの食い込みが生々しい。
(それに、あのときの操はパンツをはいていなかった)
図書室で床に座り込んでいた操が立ち上がろうと膝を立てた拍子に、スカートの中が見えてしまったのだ。
真琴は午前中の操がノーブラなのに気づいていた。ときどきブレザーの胸元から、ブラウスごしに乳首が透けて見えていた。どういうつもりなんだと注意してやりたかったのだが、朝のことがあって言い出せなかったのだ。それが昼休みにトイレから戻ってきた操はブラジャーを着けていた。たぶん、いまはパンツもはいているのだろう。
午前中の授業を下着を着けずに受けていた操。矢萩の授業が終わったとたん、トイレに駆け込んで下着を着けてきたのは偶然だろうか。
真琴は操のことが心配だった。だから、聡子が矢萩のデートの話を持ち出したとき、操の反応を見るつもりで、デートしたのは自分だと言ってみたのだ。ちょいとばかり大げさなウソをついてしまったが、操の様子はただごとではなかった。
ノートを取りながらも操はときどき真琴のほうをうかがっている。昼休みに真琴が言ったことが気になっているのに違いない。
真琴はまたためいきをついた。
人目をはばかるように図書室から出てきた矢萩。
書架のあいだにうずくまって泣いていた操。
操は真琴には何も言わず、普段どおりに振舞っていた。見え透いたウソまでついて。
(まるで、なにがあったのかを悟られたくないように……)
午前中からそのことが気になっていたのだが、そこへ持ってきて聡子のあの話だ。矢萩がデートしていたという女性。いったい誰だろう。
シャーペンを持つ手に思わず力が入った。
(操は小学生のときに父親を亡くしていると聞いた。操にとって、矢萩先生は父親のような存在に思えたのだろう。そんなふうに慕ってくる女生徒を、矢萩先生は……。操の気持ちに付け込んで……)
考えたくない。けれど、恐ろしい想像が広がっていくのを止めることができない。
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