ピンクローターの思い出(08)

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 雄太は以前とほとんど変わらない態度でまどかに接してくれた。「ほとんど」というのは、以前と違ってどうしてもエッチな目で見てしまうからだ。

 一方、女子の多くは敵意を向けてくるようになった。男に媚びている、というのがその理由だ。まどかは急に男子の注目を浴びるようになったし、実はかなりの美人だと皆が気づきはじめた。その上、誰にも真似のできない色っぽさを醸している。加えて、女子に人気のある雄太にだけ親しげに話しかけるのだ。嫌われないわけがない。もともと友だちはいなかったけれど、いまはあからさまに仲間はずれにされるようになった。

 まどか自身は媚びているなんてつもりはまったくない。個性的な服装だから敬遠されるのは仕方ないと思っていたが、そこまで嫌われる理由はわからなかった。ただ、ひとりぼっちの学校生活が前と変わったわけではないので、状況を改善しようとは考えなかった。ときどき雄太と言葉を交わすだけで生きていける気がした。

 夏休みが近づいてくると学校キャンプの準備が始まった。八月に行われる六年生の学校行事で、校庭にテントを張ってキャンプをするのだ。学級会で班分けがあった。一つのテントに三人ずつの班で、先生が班長を選んだあと、班長が好きな子を選ぶという形だ。当然ながらまどかは最後まで選ばれなかった。まどかが組み入れられた班の二人は顔をしかめただけで、まどかを無視することにした。

 まどかは次第に先生たちから問題児とみなされるようになった。担任は中年の独身女性で、痩せて背が高く、顔はお世辞にもいいとは言えなかった。子供は純真だと信じているようなタイプで、自分の考えるいい子の基準から大きく逸脱しはじめたまどかにイライラを隠さなかった。

 その担任が、算数の授業中、問題に答えられなかったまどかに、

「お前、売春婦みたいな格好をして勉強をサボっていると、将来はソープランドで働くことになるぞ」

 と言い放った。

 普通なら大問題になるところだが、学校もPTAも「ちょっと困った児童がいる」という認識で、担任を責める者はいなかった。

 女子たちは影でまどかのことを「ソープ」というあだ名で呼ぶようになった。援助交際のお金で服を買っているに違いないという噂を流す者もいた。体操服を隠されたり、教科書やノートに落書きをされたりといったイジメも始まった。朝、まどかの机の上に花をいけた花瓶が置かれていることもあった。さすがに悔しさに耐えかねて、隠れて泣いた。

 教室にいるとイジメられるので、昼休みは誰もいない図書室にこもって過ごすようになった。こうしてまどかはふたたび本を読むようになった。

 ある日、図書室で読書をしていると、雄太がやってきた。まどかはちょうど『嵐が丘』の文庫を読み終えたところだった。

「新田って、さっき授業中もその本を読んでいたろ? そんなに面白いの?」

 言いながら雄太はまどかの隣の椅子に腰をおろした。

「昨日から読み始めたんだけど、止まらなくなった。中川くんが読んでも面白いかどうかはわからないけど。よかったら貸してあげる」

「え、いいの? じゃあ、貸してよ。うちの本はおじいさんの趣味だったから、あまり文学っぽいのはないんだ。エンタメ系の古典が多いかな」

「中川くんの家の本棚にはそんな本がぎっしり詰まってるの? 見てみたいな」

 雄太はすこしためらいがちに、

「見に来る? いや、こんどの土曜日、うちに遊びにおいでよ」

 まどかは目を丸くした。

「あ……、いやさ、新田くらいしか古い本の話ができるヤツなんていないしさ。もし、よかったら、だけど……」

 最近は雄太と積極的な会話ができるようになっていたまどかだが、このときは口の中がカラカラに乾いてしどろもどろになってしまった。

 そのままどれくらい時間がたったか。まどかは黙ったままコクリとうなずくと、はにかんだ笑顔を見せた。うれしくて笑ったのなんて何ヶ月ぶりだろう。

 週末、まどかは雄太の家を訪れた。この日のためにフォーマルかつフェミニンなワンピースを買った。雄太の家族に売春婦みたいな子と思われたくなかったからだ。強姦の代償で得たお金はこれであらかたなくなった。

 雄太の部屋はきれいに片付いていた。本棚は特別大きいわけではないが、おそらく本が詰まっているだろう段ボール箱が部屋の隅にいくつも積んである。本棚の本は海外作品が多かったけど、日本の作家のものもたくさんあった。どれも古い。祖父から譲り受けたというから五十年くらい前の本だろう。江戸川乱歩くらいはまどかも知っているが、半村良とか小松左京とか大藪春彦とか、聞いたことのない作家がほとんどだ。『銀河パトロール隊』というふざけたタイトルの本を見つけて手にとってみた。見開きの口絵にカラフルで抽象的なイラストがついていた。漫画っぽい人物と切断されたタコの足のようなものが描かれている。

「レンズマンが宇宙斧で車輪人間と戦っている場面なんだ」

 と、雄太に説明され、小さな文字がぎっしり詰まっているけどコメディ小説なのだろうなと思った。

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