「わたくしの父はわたくしがまだ小学二年生のときに、家族を捨てて出て行ったのです。離婚の原因は母の不倫でしたから、母を軽蔑しました。父を責める気持ちはありません。わたくしが覚えているのは、傷ついた父の泣き顔だけなのですよ」
話が見えなかったけど、わたしは黙って聞いた。
「中学にあがったとき、母が再婚しました。相手は離婚歴のある中年の男性で、わたくしたちには優しくしてくれました。でも、わたくしは義父のことが好きではありませんでした。大人を信用できなかったのですね。ところが、姉は義父によくなついて、新しいお父さんがどんなにステキな人なのかを、わたくしに説いて聞かせました。わたくしはそれがイヤでしかたありませんでした。姉のことは大好きでしたから、裏切られたような気がしたのです」
このあいだ、あずきさんが言っていたことを思い出した。もなかさんの家庭はかなり複雑な事情があったって話だ。いま聞いているのは、その話だろう。
「ある日、学校から帰ると、姉が裸で義父と抱き合っているのを見てしまったのです。姉は高校の試験休みで早く帰っていたのですが、義父もたまたま仕事が休みだったのか、いま思うと姉に合わせて有給休暇を取っていたのかもしれません」
「……」
「義父と姉はそういう関係だったのです。それからも母の留守中、義父が姉とふたりきりで部屋にこもることがよくありました。当時のわたくしはセックスについてはよく知りませんでしたが、ふたりが何をしているのかはわかりました。義父には固く口止めされましたが、姉を守らなければと思い、結局は母に告げ口してしまったのです」
もなかさんは悲しそうな笑みを浮かべた。
「義父ははじめから姉が目当てだったのですよ。母と再婚したのは母を愛しているからではなかったのです。それを知って母はどうしたと思いますか? 姉との関係を認めるから自分を捨てないで欲しいと懇願したのですよ。でも、ひと月とたたないうちに、わたくしの家庭は壊れてしまいました。義父と姉は家を出て行きました。まあ、駆け落ちみたいなものです」
「お姉さんはお父さんのことを、その……、男性として愛していたんですか?」
「姉はそう言っていました。モラルには反するかもしれないけれど、自分は愛する人と幸せになることを選ぶのだと。姉は騙されているのだと思って、説得しようとしました。でも、聞いてはもらえませんでした。お前も恋を知ったらわたしの気持ちがわかる、と言われました」
「……」
「義父に捨てられた母はわたくしに暴力を振るうようになりました。母のことは好きではありませんでしたが、義父と姉のところへ行くのもイヤでした。わたくしはひとりで生きていけるようにと、勉強に打ち込みました。そこへ夏目さまが援助してくださって、おかげでかなり良い高校に進むことができたのです。高校では寮に入っていましたから、母からも自由になれましたし。ああ、母のことなら心配ありません。とっくに別の男を作って、気ままに暮らしていますよ」
「お姉さんはどうなったんですか?」
「いまは姉は義父と家庭を持って、子供もふたり生まれ、正式に結婚はできなくても幸せな毎日だと言っています」
それを聞いてすこし安心した。
「莉子お嬢さまを見ていて、わたくしは自分がわからなくなってしまったのですよ。姉が幸せなのは確かなようなのです。お嬢さまが栄寿さまに騙されたわけではないように、結局、姉と義父はまじめに愛しあっていたのだと、認めるしかありません。それで思うのです。わたくし自身の居場所はどこにあるのだろう、と」
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