第2話 メイドさんの憂鬱 (03)
……と、思ったんだけどね。ぼたもちを詰めた重箱の包みを持って電車を降りたころには、すっかりわたしの闘志は消えてしまっていた。おしゃれな格好をしたいと言ったら、ママが、
「莉子はかわいい服のほうが似合うのよ。大人っぽい服を着たからって大人の女より美人に見えるわけじゃないんだから。もっと自分の魅力を引き出すようなファッションを考えなさい」
ママがコーディネートしてくれた服は、フリルをふんだんにあしらった白のブラウスに、薄いブルーのロリータジャンパースカート、ボーダーニーハイにリボンのついたストラップシューズ、ツーテールにした髪にはヘッドドレスまで着けられた。
確かにかわいくて、わたしの趣味にも合ってるんだけど、ていうか、ぜんぶわたしがもともと持ってた服なんだけど、いかにも中学生っぽい感じがして、ぜんぜん色っぽくないのだ。
栄寿さんと初体験するつもりだとママに話したわけじゃないけど、こんなんじゃただの親戚の子供としか思われないだろう。
ポシェットからケータイを出して時刻を確かめると、もう午後の二時になっていた。
古い木造の駅舎を出ると、小さなロータリーに出た。ひび割れたアスファルトの隙間から雑草が生えている。このあたりはずいぶんと田舎だな。誰もいない。
栄寿さんは海の近くにある夏目家の別荘にひとりで住んでいる。迎えにきてもらえることになっているはずだけど、すこし待つことになりそうだ。電話してみたほうがいいかもしれない。
そう思っていると、かん高いエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。すぐに黄色のスポーツカーが姿を見せ、ロータリーを猛スピードで回って、ブレーキをきしませながら、わたしのすぐ前で急停止した。
運転席のドアが開き、現れたのはメイドさんだった。長いスカートのせいなのか、スポーツカーの座席が低いせいなのか、メイドさんは四苦八苦しながら車を降りた。
「こんにちは。柊莉子さまですね? わたくしは夏目栄寿さまにお仕えするメイドの栗原(くりはら)もなかと申します」
「は、はあ……」
何かの冗談なんだろうか。メイドだって? 確かにその人はメイドの姿をしていた。わたしが部屋着として愛用しているようなミニ丈のメイド服ではなく、もっと本格的なメイドさんだ。
長袖に丈の長いスカート、足元には編み上げのブーツが見えた。エプロンもメイドキャップも清潔でシミひとつない。
メイドさん本人――もなかさんと言ったな――は、ショートヘアに黒ぶちメガネの理知的な女性だった。二十代前半だろう。そして、おそろしく美人だった。
「ご案内します。お車にどうぞ」
わたしは促されるままに助手席に乗り込んだ。シートの位置がかなり低いので、乗り込むのは大変だった。わたしは風呂敷包みを膝の上に置いて、ベルトを締めた。
もなかさんが車を勢いよくスタートさせた。背中から聞こえるエンジン音に押されるようにして加速すると、ひといきに国道に出た。
栄寿さんの家までは車なら数分のはずだ。もなかさんが黙ったまま運転するので、わたしは意を決して話しかけてみた。
「メイドさんっていうお仕事って、ほんとにあるんですね」
もなかさんは上品に笑った。
「普通は家政婦さんですね。住み込みのメイドというのは、昔はよくあったようですけど、いまではほとんどないと思いますよ」
「住み込みなんですか!?」
「はい。わたくしが高校を卒業して以来、ずっとおそばに置いていただいています」
ということは栄寿さんと同じ屋根の下ふたりで暮らしているのか。
メイドさんというのは、ご主人さまのエッチのお相手もしたりするんだろうか。
栄寿さんがわたしの考えているようなプレイボーイなら、こんなに美人のもなかさんを放っておくはずがない。ということは、ふたりは絶対セックスしている。
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