第16話 世はなべて事もなし (14)

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 拓ちゃんが恵梨香先輩のことを好きになってるなら、先輩に二回目の告白をけしかけることはなかったな。セックスしたことを教えることもなかった。そのことで拓ちゃんが告白しづらくなったのなら、ちょっと反省。

 恵梨香先輩はあたしと拓ちゃんがセックスしたことを知ってどう思っただろう。拓ちゃんを軽蔑したりしちゃうかな。もしそんなことになったらあたしは――。いや、事実を知って揺らぐような気持ちなら本物じゃないよね。

 岩倉くんはこれで芽がなくなったかな。残念だったね。でも、これまでの半年間で必死に努力していたとしても、やっぱり一途な恵梨香先輩には振り向いてもらえなかったんだろうな。あ、もしもクリスマスセックスの件で先輩の心にわだかまりができていたら、岩倉くんにもチャンスがあるかも。

 高校生同士の健全な恋愛か。やっぱりあたしにはよくわからないや。

 あたしがお父さんの本当の娘だったのなら、あたしにもこういう世界があったのかもしれないけれど。

 とっくの昔に後戻りできなくなっている。

 そして、あたしはさらなる深みに入っていこうとしている。

 もうひとつの帰還不可能点。

 もうそこを越えている。

 問われているのは、このまま先に行くのか、ここで立ち止まるのか、の二択。

 日曜日――。

 あたしはショウマが運転するコルベットの助手席にいた。土曜日はずっとショウマに抱かれていた。激しくされたので腰が抜けるかと思った。この男との出会いがあたしの世界を大きく変えたんだ。

 ほかの生徒達は明日のテストのための勉強をしていることだろう。高校生なのだもの。学校に行って、授業を受けて、宿題をやって、テストに苦しんで、部活に励んだり、友達と遊んだり、恋にときめいたり、その他もろもろ。

 あたしがなくしてしまった何もかも。

 悲しいわけじゃない。

 悔しいわけじゃない。

 これがあたしの運命だ。

 あたしはあたしの世界で生きていく。

 そこにだって希望や喜びはある。

 普通とはちょっとばかし違う形だけれど。

 そんなことをぼんやりと考えながら、あたしは路上駐車したコルベットの助手席から、グレーのワンボックスカーを見張っていた。ワンボックスはとあるマンションの前に停車したまま、一時間前から動いていない。運転席のショウマも黙ったままじっとしている。長い時間の待ち伏せも苦にならない様子だ。

 もうずっとこのまま時間が止まってしまうんじゃないかと思ったとき、マンションから五人の男が出てきた。

 スキンヘッドの男と川口は骨折した腕を肩から吊っている。小太りと口ひげは頭巾をかぶっているように見えた。顎を骨折したときにつけるギプスだろう。顔の痣はまだ消えていない。もう一人は初めて見る男で、東南アジア系の風貌だった。

「あいつらが来た」

 あたしがつぶやくと、ショウマも目を細めて連中の顔を見た。

「蓮司さんにやられたケガだよ。ずいぶん痛そう。いい気味だ」

 奴らが出てきたマンションに裏フーゾクがある。痛み止め代わりにしゃぶってもらってきたんだろう。

 五人の男たちは停めてあったワンボックスカーに笑いながら乗り込んだ。東南アジア系の男が運転席についてエンジンをかけた。

 ショウマがスマホを差し出した。

 あたしが受け取ろうとすると、ショウマが手を引っ込めた。

「あの連中は蓮司が十分に痛めつけただろう。それ以上のことをする必要があるのか?」

 ショウマが感情のない口調で尋ねた。

 この男がそんなことを言うとは予想外だったので、すぐには答えられなかった。

「痛めつけただけじゃ足りない。骨折して痛い思いをしたって、しばらくすれば治る。連中の誰一人として反省なんてしちゃいない。あいつらがゲラゲラ笑ってるのをショウマも見たでしょ?」

「マリアの頼みだからお前に協力した。復讐がお前の望みなのか?」

 その言葉にあたしは思わず吹き出しそうになった。そのあと温かいものが胸にあふれて、涙がにじんだ。ショウマがあたしのことを気遣ってくれるなんて!

「憎しみからは何も生まれない。復讐なんて無意味。フフフ、偽善者がよく言うセリフだけど、実際そのとおりなんだよね。いまならあたしにもわかるんだ。あたしの望みは復讐じゃあない。『いままでヤッた女子高生はみんなセックス中毒になって裏フーゾクに堕ちた』、あいつらあたしにそう言ったんだ。そんな連中は社会から除去する必要がある。それだけのこと。別にあの連中に恨みなんかないよ」

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