お兄ちゃんと恋のライバル (15) Fin
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バレンタインデーが日曜日で学校が休みだったから、中学生の女の子にとっては、月曜日もチョコを渡せる日だ。昨日、あたしはひとりで家で手作りチョコを作った。女の子どうしでチョコを交換するのだ。あたしは友だちにあげるチョコと、予定外の人からチョコをもらったときのお返しのチョコを持って、学校に向かった。
家を出てほどなく、優姫さんが人待ち顔で立っているのに気づいた。近づくと優姫さんもあたしに気がついて、笑顔を見せた。
「おはよう、まりもちゃん」
「おはようございます」
昨日のことがあったから、あたしはぎこちないあいさつを返した。
「あの、お兄ちゃんだったら先に学校に行きましたけど」
「知ってる。さっき見かけたから。顔合わせ辛くて思わず隠れちゃったよ」
そう言って苦笑する優姫さんは、元気を取り戻しているように見えた。
「今日はまりもちゃんに会いたくて、待ってたんだ」
「あたしですか?」
「うん。昨日のこと」
あたしは身を固くした。
「あの、昨日はごめんなさい。あたし、でしゃばったことしちゃって、優姫さんに迷惑かけちゃって……」
「あははは。気にしないで。わたし、まりもちゃんに感謝してるんだ。まりもちゃんのおかげで直人くんに気持ちを伝えられたんだもん。フラれちゃったけどね」
優姫さんは身をかがめて、笑顔を近づけた。
「だから、まりもちゃんには一言お礼を言いたかったんだ」
そう言って、優姫さんは小さな包みを差し出した。あたしはそれを反射的に受け取った。チョコレートだな、と思った。あたしは優姫さんが怒ってるんじゃなくてホッとした。昨日は馬鹿なことをしたと、気にしていたのだ。
あたしははっと我に返ると、バッグの中からお返しのチョコを取り出した。
「あたしからも。いろいろ助けてもらって、ありがとうございました。これ、チョコレート、教えてもらったやり方を思い出しながら、昨日作ったんです」
「ありがと」
優姫さんはあたしのチョコを受け取ると、体を起こした。
「まりもちゃんはバレンタインはどうだった?」
「チョコは渡したんですけど、告白はできませんでした」
あたしも笑いながら答えた。悲しいとか辛いとかいった気持ちはなかった。むしろすがすがしい気持ちだった。迷い道を抜け出て、進むべき道筋が見つかったのだ。
お兄ちゃんのことが好きだ。
今ではハッキリ自覚していた。これは恋愛感情なんだ。今年は無理だったけど、いつかちゃんと伝えたい。たとえそれが失恋に終わるとしても。
優姫さんは一瞬、何もかも見透かしているような表情であたしを見たあと、また笑顔になった。
「そっか」
そう言うと、優姫さんはカバンを持ったまま両手を高く頭上に伸ばして、大きく伸びをした。手を下ろしたあとも、優姫さんは青空を見上げていた。陽の光の中に浸るように、目を細めている。
「恋をするのって、素敵なことだと思わない、まりもちゃん?」
優姫さんは遠い空を見つめたまま言った。
どうかな? 人を好きになるのは苦しいことだとは思うけど。
「よく、わかりません。初めてですから」
あたしがそう答えると、優姫さんはあたしに向き直って、また笑った。
「まりもちゃんの恋が叶いますように」
優姫さんはそう言うと、踊るような仕草で向きを変え、駆け足であたしから離れた。そして右手を高くあげてぶんぶん振った。
「わたし、学校、こっちだから。じゃあね、まりもちゃん」
「さようなら、優姫さん。いろいろありがとう」
あたしも手を振って、優姫さんが長い髪をなびかせながら駆けていくのを見送った。
優姫さんが行ってしまうと、あたしはさっき優姫さんがしていたように空を見上げてみた。空の青は少し淡くて、春が近いことを感じさせた。
優姫さんが見ていたものは、あたしにはまだ見えない。
だけど、いいよね。だって、始まったばかりなんだから。
おわり
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