いけない進路相談 (17)

操は卵を二つボールに割ると、かき混ぜすぎないよう注意しながら、黄身と白身をからめた。それをフライパンに流して玉子焼きを作る。キッチンのテーブルの上には二人分の弁当箱が並べてあった。自分の分と勤めに出る母親の分だ。中学生の弟は給食があるので、いまのところ弁当は必要ない。でも、弟が高校生になる来年からは三人分の弁当を作ることになる。

操は料理するのが特別好きというわけではなかったけれど、食事のしたくを小学生のころから毎日しているので、腕には自信があった。ただ、朝は忙しいので、弁当は冷凍食品と晩ごはんのおかずの残りが中心だ。それでも手作りのものが一品くらいほしいと思って、いつも玉子焼きを作っていた。

手を動かしながらも、操は上の空だった。真琴の言ったことが気になって、夕べはよく眠れなかった。

『女子高生じゃなくなったらきっと見向きもされないと思う。そのころには中学を出たばかりの新入生に乗り換えらちゃうにちがいないもの』

真琴の言葉には、そんなバカな、と笑ってすませられない、真実の響きが感じられた。

運命の恋だと思っていたのは自分だけなのかもしれない。

いままでそんなこと考えたこともなかった。

いずれ結婚ということになるのだろうと漠然と思っていた。でも矢萩が結婚という言葉を口にしたことはあっただろうか。いや、結婚をほのめかすようなことさえも言ったことはない。

好きになったのも、告白したのも、肉体関係をせまったのも操のほうだ。

これまで矢萩が操のことを好きだと言ったことがあっただろうか?

(好きだって言われたことあるはずだ。先生に抱かれるときはいつだって……)

セックスのとき、矢萩は操の耳元で、きれいだ、とか、かわいいな、などと囁く。そのたびにきゅんとなって快感が高まるのだ。でも、愛してる、と言われたことはあっただろうか?

(あるに決まってる)

あるに決まってるけど、思い出せない。

『カラダだけさんざん弄ばれて、飽きたから捨てられるなんて、イヤでしょ』

(先生はそんな人じゃない)

では、矢萩が真琴とデートしたことはどうなのか。操のときは二人きりになるのにもずいぶん時間がかかったのに。真琴がおおぜいの男子と経験があるからなのか。真琴のほうが男性の扱いに慣れているから?

『どうも、遊びで付き合ってる子がいるみたいなのよね』

真琴はどうなのだ? 遊びではないのか? これまで何人もの男子と付き合っては別れてきたように、すぐに矢萩にも飽きてしまうのではないか。

(だとしたら……)

だとしたら、自分の恋は真琴のきまぐれに踏みにじられてしまのだろうか。

真琴の遊び半分の気持ちに引っかきまわされて、そのせいで自分は恋人を失おうとしているのか。

不安でたまらなかった。

いままで生きてきた世界が崩れてしまうような気がして息苦しくなった。いつもと変わらない日常を求めて、操は振り返るとキッチンから居間のほうをながめた。六畳二間の部屋のひとつが居間になっていて、奥の部屋は弟の勉強部屋になっている。居間では母親が先に朝ごはんを食べていて、その向こうにベランダで洗濯物を干している弟が見えた。いつもどおりの光景なのに、なんだかモノトーンで生気のないただの部屋になったように感じられた。

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