一時間ほどした頃、勢いよく階段を上る音がして、息を切らせたギリさんが現れた。駆け寄ってきたギリさんは、あたしを抱き起こすと心底心配そうな声で言った。
「沙希ちゃん! いつからここに……? こんなに冷え切ってるじゃないか」
「あたし……、きのうギリさんに元気をもらったから……。お礼をしたくて……、ごはん作ってあげようと思って……」
かじかんでうまく動かない口で答えた。再会できたよろこびで自然に笑顔がこぼれた。
部屋の中に入れてもらい、温まるからと熱燗を飲ませてもらった。夕方に会議があってケータイの電源を切っていたのだそうだ。それがそのままになっていて、あたしからのメールに気づいたのはついさっきなのだという。ギリさんは外で食事を済ませてきていた。がっかりしたあたしを、ギリさんが抱きしめてくれた。
「ごはんを作るのはあしたの夜にするね。いいでしょ? あたし、ギリさんの役に立ちたい。体でなぐさめてあげる以外にも、何かしてあげたい」
あたしはお風呂に入れさせてもらい、自分の分の食事を作って食べた。
そしてセックス。もちろんナマで中出し。フェラチオもしてあげた。三回セックスしたあと、ふたりともしあわせな気持ちで、抱き合って眠った。
翌日の朝、夕食をいっしょに食べる約束をして別れた。おかげでギリさんが早く帰ってきてくれて、あたしは今度こそシチューを振舞うことができた。そして夜はセックス三昧。あたしは思いっきりギリさんに甘え、思いっきりギリさんに奉仕した。
ギリさんとのセックスが生活の中心になった。放課後に家で着替えてギリさんの家に行き、愛情いっぱいの夜を過ごしたあと、家で着替えて学校に行く。もう援交したいとも思わない。
木曜日の夜、ギリさんは一回しかセックスしてくれなかった。三十代だし、四日目ともなれば体力的にキツいんだろう。あたしは男性経験だけは豊富だから男の人の事情もわかってる。わがままは言わない。
何かほかの形でギリさんを喜ばせてあげられないだろうか。
そう思ったあたしは、金曜の朝、ギリさんと別れたあと、こっそり後をつけてギリさんの勤務先を突き止めた。都心のオフィス街にある高層ビルの中だった。
すぐさま家に戻って、ギリさんのためにお弁当を作った。外食ばかりじゃ体に悪い。男の人なら誰だって女の子の手作り弁当を喜んでくれる。愛する人のためなら学校なんてサボりだ。
完成したお弁当を持って、ギリさんの勤務先のビルに取って返した。また行き違いになるとイヤなので、正午になる直前にギリさんにメールで知らせた。
『お弁当作ってきたからいっしょに食べよ。ビルのエントランスで待ってます』
ギリさんが働いてるビルはいろんな会社がテナントとして入っていて、どれがギリさんの勤め先なのかはわからない。一階のエントランスは天井が高くて広いホールになっていた。隅に喫茶コーナーがあり、地下にはレストラン街があるらしかった。
お昼になると、エレベーターホールの方からわらわらと人が出てきた。
ギリさんの姿を見逃すまいと首を伸ばした。そのとき、すぐそばにいた男と目が合った。
そこにいるはずのない男――。相手もすぐにあたしが誰なのか気づいた。
柴田だ! このあいだの日曜日にホテルであたしを陵辱したあげく料金を踏み倒したヤツだ。柴田はうろたえた様子であたしに近寄ると、
「お、お前! どうしてここがわかった?」
「あんたこそ、どうしてここにいるの?」
柴田が意味の分からないことを言うので、あたしは顔をしかめて訊き返した。
柴田はすこし考え込んだあと、何か合点したように目を光らせた。
「どうやら俺を探しにきたわけじゃないようだな。とすると、カタギリさんか。クソッ、メンヘラ女には注意しろって言っといたのにな」
思わぬ名前が飛び出して、あたしは体を緊張させた。カタギリさんというのは、ギリさんの本名だ。足元が崩れていくような、イヤな予感がする。
「どーゆーこと? なんであんたがギリさんのことを知ってるの?」
「お前、カタギリさんともヤッたんだって? とんでもねえヤリマンだな」
「あ、あんた……、なんであんたがそんなこと知ってるの!」
興奮して声を荒げた。
ちょうどそこへギリさんが足早にやってきた。ギリさんはあたしと柴田のあいだに割って入って、あたしを制した。
「沙希ちゃん、どうしてここがわかったんだ?」
「けさ、ギリさんの後をつけました。ギリさんこそ柴田とどんな関係なんですか?」
「柴田? 亀山のことか? こいつとは同じ会社で働いているんだ。――そうか、沙希ちゃんはこいつとも会ってるんだったな」
それを聞いて柴田が舌打ちした。自分の本名をあたしに知られたからだ。
あたしは運命を信じてる。だけど、偶然は信じない。ギリさんと柴田が知り合いのはずがないんだ。なのにふたりは職場の同僚で、あたしと会ってることを教えあってる。どんなからくりかわからないけど。信じたくないけど。でも――。
「ふたりで共謀して、あたしを罠にはめたんですか?」
[援交ダイアリー]
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