ピンクローターの思い出(10)

[Back][Next]

「ち、ちがうッ、あれは――」

「ショックで熱が出たくらい。まさか同じクラスの女子がそういうことをしているなんて。こうして話しているだけでも気持ち悪くて吐きそう。不潔」

 吐きそうなのはまどかの方だった。体中が寒くてブルブル震えだした。援助交際なんてしていない、悪い大人に連れ回されて強姦されていたんだ……。そんな本当のことは言えないし、言ったところで自分が汚物であることは変わらない。

「新田さんのことは心の底から軽蔑してる。何も知らないクラスの子たちは新田さんのことを『ソープ』って呼んでからかってるけど、無邪気なものだよね。新田さんがいるせいでわたしのクラスにイジメが起きるのが本当に嫌だ。毎日、新田さんの顔を見るのも本当に苦痛なの。でも安心して。こんなおぞましいこと誰にも言うつもりはない。だからさ、もう学校に来ないでほしい。できれば転校してくれないかな」

 まどかは何も言えなかった。優子は嫌な子だからまどかに意地悪しているわけではない。まともな人間だからこそまどかを嫌悪しているのだ。優子が正しい。優子みたいな子の方が雄太にはふさわしい。それはわかっている。雄太と両想いになれるなんて思ってない。だけど、読んだ本の感想を話し合うくらいのことはしたっていいじゃないか。

 優子が立ち去ったあと、誰もいない教室でまどかは声をあげて泣いた。

 次の日は一学期の最終日で、終業式のあとで通知表を渡された。国語だけが丸でほかは全部三角だった。成績が大幅に下がったけれど、母親は何も言わなかった。

 しばらくは憂鬱な日が続いた。部屋に閉じこもって雄太のことを想った。優子のことも考えた。毎日、何回もローターで自分をなぐさめた。そのとき頭に浮かぶのは強姦されたときのことだ。まどかは自分の強姦体験を思い出しながらオナニーをした。知らない大人たちにまた強姦されたい……。あんなに酷い目に遭ったのにどうしてそんな願望をいだいてしまうのかわからない。でも、本当に強姦されたくて体が激しくうずくのだ。そんなことを感じてしまう自分がたまらなく嫌だった。

 とうとう、まどかは母親に「転校したい」と訴えた。売春をしていると言っていじめられているのだと。母親はまどかを抱きしめて、泣きながら謝った。母親はまどかの意を汲んで別の街に引っ越すことに同意してくれた。

 こうなると、まどかは気が楽になった。昼間は市立図書館に行って本を読んで過ごした。二学期から別の学校に通う。ただ、雄太と会えるのがもう学校キャンプのときだけだと思うとさびしかった。

 そんな雄太から突然の連絡が来たのは八月に入ってすぐのこと。先生から番号を聞き出したのか、家の固定電話に電話がかかってきたのだ。

「よかった、ぜんぜん新田と連絡取れなかったから」

 と、雄太が電話口で明るく言った。キャンプファイヤーの出し物について相談するからみんなで雄太の家に集まっているのだという。これまでにもう何回も打ち合わせ会があったそうだ。まどかはケータイを持っていないから誰も連絡できなかったんだろうと雄太は言ったが、女子たちがわざと連絡しなかったのは明らかだ。

 各クラスともいくつかのグループに分かれて出し物をすることになっている。まどかは雄太や優子と同じグループになっていた。雄太の話では、学校の七不思議を題材にした百物語を寸劇仕立てでやるのだという。七不思議の言い伝えなんてないから、オリジナルの怪談をみんなで考えているところらしい。本が好きなまどかならいいアイデアが出るんじゃないかと思うと雄太は言った。

 雄太の家に行くと、広々としたリビングで十人ほどの男女が騒がしく議論していた。女子たちはまどかが来たのを見て不機嫌になった。いままで一度も話し合いに参加していないのに今さら何しに来たんだと口々になじった。まどかがいるなら帰ると言い出す子もいて、ついに優子が、

「新田さんは打ち合わせに参加する資格はないと思う。でもグループの一員ではあるから、もしもアイデアがあるなら後で教えてくれない? 採用するかはわからないけど」

 と言ってまどかを部屋から追い出した。

「ごめん、みんなピリピリしていて。とりあえず、ぼくの部屋にいてよ。興味のある本があれば読んでいていいから。あとでジュースとお菓子を持っていくから」

 と、雄太が追いかけてきてとりなした。

 リビングに戻っていく雄太の背中を見ながらため息をつく。どうしてこんなに嫌われてしまったのかわからない。でも、夏休みが終わったらまどかはいなくなる。

(二学期の始業式の日に、あたしが転校したと知ったら、みんなせいせいするかな……)

 どうでもいいことだと思いながらも、さびしさで胸が苦しくなった。

 雄太のベッドに腰を下ろし、部屋を見渡した。雄太がいつも見ている景色。たくさんの古い本。この部屋に入るのは二回目だ。あの日のデートは今まで生きてきた中で一番楽しい時間だった。冬の教室で初めて言葉を交わして以来、雄太との短い会話の数々を、まどかはぜんぶ覚えていた。雄太と話ができるたび、その内容を何度も反芻してきたのだ。でも、もうじきお別れだ。

 ベッドに寝そべった。雄太の匂いがする柔らかい空気に包まれた。まどかはバッグからローターを取り出すと、スカートをめくりあげて股間に当てた。

 しずかな振動が始まった。

[Back][Next]

[ピンクローターの思い出]

Copyright © 2022 Nanamiyuu